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農と食の周辺情報|白井 洋一

どんなコラム?
一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介
プロフィール
1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

あれから3年 豚インフルから新型インフルへ  名称変更の効果はあったのか

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2012年4月25日

最初は豚インフル

 2年前の2010年4月20日は宮崎県で口蹄疫発生が確認された日だが、その1年前の2009年4月25日(北米では4月24日)にメキシコと米国で豚インフルエンザによる集団感染が報告された。初発時点でメキシコでの死者は100人を超え、米国、カナダ、ニュージーランド、ヨーロッパでも感染者が相次ぎ確認されたため、世界中がパンデミック(世界的大流行)の危機と大騒ぎになった。

 最初、「豚インフル」と呼ばれたのは、メキシコ、米国の感染者が人、鳥、豚に共通に見られるインフルエンザ・ウイルス(A型のH1N1タイプ)を持っていたからで、豚から人に直接感染したわけではなかった。当初から、感染者は豚との接触はなく、人から人への感染であるとメディアもくり返し報道していたが、ニュースの見出し、記事はすべて「豚インフル(Swine Flu)」となってしまった。今年4月18日の米国の農業専門紙(USAGNET)で、米国の獣医学者は「豚インフルとネーミングされたのが不運だった。おかげで米国の養豚業界は大打撃を受けた」、「あれは豚インフルではなく、純粋な人インフルだ」と3年前を振り返っている。

 日本でも発生直後から、日本農業新聞(2009年4月27日)は「豚インフル、名称変更検討すべき」と書いている。「豚から人に感染した事例はないし、豚の大量感染・死亡の報告もない」、「人の疾病の問題なのに、家畜(豚)が原因という印象を持たれるのは問題」、「人の新型インフルというとパンデミックを連想させ、混乱するとの思惑があるのだろうか」と、病名の見直しを求めている。

 中国やロシアが北米3国(メキシコ、カナダ、米国)からの豚肉輸入を禁止し、その動きは世界各地に広がり始めたため、米国政府は豚インフルの名称変更を求めたAFP日本語版 2009年4月29日

新型インフルに変更

 「豚インフル」の名称はあっさり「新型インフル」に変更された。WHO(世界保健機関)をはじめ、日本政府や欧州委員会は4月28、29日に相次いで「豚インフル」はやめ、これからは「新型インフル」と呼ぶと宣言した(毎日新聞2009年5月1日)。米国の圧力に押されたわけでなく、WHOは科学的判断から、欧州連合は「ヨーロッパの養豚・食肉業界への風評被害を最小限に食い止めるため」と判断したためだ。当時のスクラップブックを見ると、4月25日~27日の記事、見出しは、すべて「豚インフル」だが、4月28日から「豚インフル(新型インフル)」となり、5月2日以降は「新型インフル」のみで「豚インフル」はまったく登場しなくなった。メディアの切り替えは早かった。なお、移行期間でも「新型インフル(豚インフル)」という表現は見あたらない。

 一部で「米国産・メキシコ産豚肉は使用していません」という食品業者もあったが、全体として、日本では大きな豚肉離れや、いわゆる「風評被害」が起こらなかったのは幸いだ。早期の名称変更の効果か? それとも「豚から人への感染は報告されていない」、「加熱すればウイルスは死ぬから、食べても大丈夫」という政府公報が功を奏したのか? もし、「豚インフル」という名称が使われ続けていたら、豚肉(食肉)業界はどんな影響を受けていたのだろうか? リスクコミュニケーションを専門とする研究者やジャーナリストの方にはぜひ検証していただきたい(もし、すでに関連する調査があるならFOOCOM宛、お知らせください)。

人への感染 西日本で風評被害

 早期の名称変更で豚・豚肉へのマイナスイメージは解消されたものの、5月1日にカナダからの帰国者から感染が確認され、日本人の間でもパニックとなった。大型連休中のため、北米への旅行者も多く、帰国後、空港で感染が確認された患者の隔離、一般病院での発熱患者の診療拒否、学校の臨時休校、スポーツイベントの中止というニュースが連日、報道された。感染者が兵庫県、大阪府で多かったため、関西方面の修学旅行を中止する動きも広がった。「修学旅行専用新幹線37本運休、京都の八つ橋、売り上げ8割減」など観光地は大打撃を受けた(毎日新聞 2009年6月3日)。

 5月はじめから、専門家は「感染力は強いが弱毒性のふつうのインフルエンザ(H1N1タイプ)であり、感染していない人を含む休校や旅行中止などは行き過ぎ」と警告していた。しかし、WHOが警戒レベルを引き上げる動きもあり(6月11日)、日本国内での過剰反応は止まらなかった。8月には感染者が再び増え、8月19日、厚生労働省は「本格的流行期に入った」と発表。米国も秋以降の本格的流行で3万から9万人が死亡する可能性ありと報じた(毎日新聞 2009年8月26日)。幸い、これらの予測はすべてはずれ、2009~10年冬のインフルエンザ感染者は平年より少なかった。発生から1年4か月後の2010年8月10日、WHOが「大流行は終息期に入った」と声明をだし、ようやく騒ぎは沈静化した。

新型インフルの名称も消え

 新型インフルは、季節外れの大規模な流行も見られなくなったため、通常の季節性インフルエンザと同じ扱いとなり、2011年3月末で、「インフルエンザ(H1N1)2009」に名称変更された(厚生労働省2011年3月18日発表。強毒性鳥インフルエンザなど、次の「新型」発生に備えて、名称の混同を防ぐ意味もあるのだろうか。

 幸いにも2009年の新型インフルは人類への重大な脅威にはならなかった。 私が今回の一連の動きで関心を持ったのは、呼び方の問題だ。豚インフルから新型インフルに名称を変えたことで、豚肉業界への風評害を最小限に抑えられたのか? それとも「豚から人へのウイルス感染は報告されていない」、「加熱すればウイルスは死ぬから、たとえ豚肉を食べても大丈夫」という厚労省や食品安全委員会など政府公報の成果だったのか? あるいは、国内で人から人への感染が広がり、豚肉への関心が薄まったためなのか?

 厚労省や食品安全委員会がまっとうなことを言っても、世間、マスコミには正しく伝わらない場合も多い。「遺伝子組換え」や「クローン牛」という言葉だけで反感、嫌悪感をもたれてしまう現実を見ると、ネーミングや最初の印象は重要なのだと思う。繰り返すが、リスクコミュニケーションの専門家は名称変更の効果をぜひ検証していただきたい。

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