科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

有機農業と慣行農業 収穫量を比較する

白井 洋一

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 有機農業は農薬や化学肥料を使わないので、農地や河川の汚染が少なく、環境への負荷を減らす持続可能な理想的農業だという考え方がある。一方で、農薬を使わなければ病害虫の被害も増えるだろうし、肥料が十分ないと収穫量も確保できない。世界の人口は2050年には90億人に達すると予測されているが、有機農業で世界の食料をまかなえるのかと批判的、懐疑的な見方をする人も多い。

 今年(2012年)3月と4月に、有機農業と慣行農業で栽培したときの収穫量を比較した研究事例を大量に集め、包括的に分析(メタ分析)した論文が2つ発表された。慣行農業(Conventional Agriculture)とは、化学農薬や化学肥料を使うが、農薬漬け、肥料漬けという意味ではなく、法律で認められた農薬、肥料を基準の範囲内で使う一般的な栽培方法のことだ。一方、有機農業は化学農薬と化学肥料は原則使用禁止で、天然物由来の合成農薬や肥料の使用は認められている。家庭菜園で無農薬栽培をやってるつもりでも、園芸用殺虫スプレーや液体肥料を使うと、「有機栽培」とは言えない場合もある。慣行よりいろいろ厳しい制約があるのが有機農業だ。

2つの論文

 最初の論文はAgricultural Systems誌に載ったオランダの研究者による「有機農業と慣行農業の作物収量のギャップ」だ。

 世界各地でおこなわれた362の研究報告をもとに、単位面積あたりの収穫量(収量)を比較し、統計学的に分析した。25種類の作物を比較し、全体の平均で、有機の収量は慣行の80%(2割減)だった。ダイズ、稲、トウモロコシは80%以上のケースも多かったが、小麦、大麦、ジャガイモでは全体に低い。有機で収量減となる主な理由は、肥料の制約と病害虫による被害で、特に新しい知見ではない。

 おそらく今までで最高の362の研究事例を引用した力作論文だが、情報源の片寄りも多い。先進国にくらべ途上国での研究が少ない(10%)、1、2年間の調査が多く、長期間の研究が少ない(26.5%)、研究施設での試験栽培が多く、実際の農家でのデータが少ない(15.7%)ことを論文の著書も指摘している。世界各地で、長期間、しかも、農家現場で詳細な調査をすることは難しいので、学術論文データから、「有機vs.慣行農業」を比較し、結論を導くのは限界があるように思う。

 もう一つの論文はNature誌に載ったカナダと米国の研究者による「有機農業と慣行農業の収量比較」だ。

 引用した研究は66と少ないが、栽培面積の規模が示されている情報だけを使用したという。34種類の作物の平均で、有機の収量は66%(34%減)だった。イチゴやダイズではそれほど収量は減らないが、野菜や穀物では減少率が大きい。これは主にチッソ肥料が十分でないためと推測している。最初の論文と傾向、結果の解釈はほぼ同じだ。

収量だけ比較しても

 収量が2割減るということは、慣行と同じだけの収量を確保するには、1.25倍の農地が必要になる。34%減る場合、約1.5倍の農地が必要となる。世界の農地は限られており、新たな農地開拓は自然破壊にもつながるので、この点でも、有機農業には分が悪い結果だ。

 最初の論文を引用して、Western Farm Press (2012年3月29日)は「有機農業では世界の食糧をまかなえない」という記事を載せている

 有機農業で世界の食料をまかなうことはできず、これからの人口増加には対応できない。しかし、有機農業は富裕層向けには将来も有望な産業だ。「有機は重要な脇役だが、決して主役ではない」、「ニッチマーケットのメリットを活かせ」とやや皮肉混じりの記事だ。

 Nature誌の論文の著書らは所属するミネソタ大学からのブレスリリース(2012年4月26日)でクールな見解を発表している。

 今回は有機と慣行農業の収量を比較したが、収量は一つの目安にすぎない。マメ科作物との輪作、雑草や土壌流出を抑えるカバークロップなど有機農業から学ぶ点も多い。重要なのは、有機と慣行、両者の長所を取り入れて、いかに環境への負荷を減らし持続可能な食料生産をするかだ。「有機農業で世界の人口や食料をまかなえるのか?」というのはおそらく間違った設問だ。

生鮮野菜や果物は収量だけでは比較できない

 今回紹介した2つの論文は、おおまかに有機と慣行農業の生産性を比較するうえでは役に立つ。しかし、これで有機農業は収量が2割、3割も劣るから、世界の人口増には対応できないと有機農業批判の材料とすべきものでもない。

sweetcorn

左端がオオタバコガ幼虫に食害されたスイートコーン

 生で食べたり、そのままの形で食卓に上がる野菜や果物では、収量よりも品質、外観が重要になる。たとえばスイートコーンを無農薬で栽培すると、多くはアワノメイガやハスモンヨトウの被害を受ける。害虫に食われた部分を切り取れば、収量は2,3割減ですむかもしれない。しかし、食害部分から腐敗も起きやすいので、商品価値はなくなり全量廃棄処分となることが多い。また、殺虫剤を使わないと、外側からカメムシに実を吸われて、味、食感とも落ちてしまう場合もある。

オオタバコガ幼虫

 スイートコーンの皮をむいたら、写真のようなグロテスクな幼虫が出てきたら、一瞬引いてしまう人が多いのではないか。オオタバコガの幼虫だが、私や虫愛でる池田二三高さんには「カラフルで美しい幼虫」でも、世間一般の人の感覚はおそらくちがうだろう。

 家庭菜園ならいざ知らず、いくら有機栽培が良いという消費者でも、こんなスイートコーンを喜んで買ってはくれないだろう。有機農産物に求められるさまざまなハードル、日本の有機農業の課題については、また別の機会にふれたい。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介