科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

遺伝子組換え種子の特許切れ 自由利用を阻む再審査制度

白井 洋一

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 農薬や医薬品には多くの製造物と同様に特許法によって、開発者の権利(知的所有権)が保護されている。特許期間が切れると、他のメーカーもその技術を使って、製造し販売することができる。最近、よく聞くようになったジェネリック(後発)医薬品などがこれにあたる。

 遺伝子組換え技術を使って品種改良された作物の種子も、国によって詳細は異なるが、特許法や種苗法によって使用権が保護されている場合が多い。

モンサントの除草剤耐性ダイズ 2014年に特許切れ

 現在、世界でもっとも多く栽培されている組換え品種はモンサント社が開発した除草剤(グリホサート)耐性ダイズだ(商品名はラウンドアップ・レディ、系統名はMON40-3-2)。1996年から商業栽培がはじまり、現在、世界各地で毎年約6000万ヘクタール栽培される大ヒット商品となった。

 このヒット商品の特許が米国では2014年に切れる。2015年から他の種子会社もグリホサート耐性ダイズを自由に販売できるし、生産者も収穫物から自家採種して翌年栽培用のタネを確保できるようになる。

 ただし、これには条件がつく。開発者が特許延長を申請しないことと、新たにジェネリック種子を製造・販売するメーカーが、生産者に自家採種禁止の制限をつけないことだ。

 1つめの条件はクリアされた。2009年12月、モンサント社はグリホサート耐性ダイズのパテント切れ後、2015年からの使用権を放棄すると発表した

 モンサント社は同じグリホサート耐性ダイズだが、収量性の高い新品種(MON89788)を2009年から販売しており、今後はこれに集中する。古い品種は自由に使ってもらって結構ということだ。古い品種の国際特許は2017年まであり、輸出国での安全性審査など海外市場向けには2017年まで責任を持つとも述べている。

 さらに2010年7月、モンサント社は海外市場での申請業務を4年間延長し、2021年まで責任を持つと発表した。

 これは、2009年12月の発表後、米国の生産者団体などからあがった懸念に応えたものだ。「米国のダイズやトウモロコシの多くは海外に輸出される」、「遺伝子組換え作物は、輸入国で食品や飼料の安全性審査が求められている」、「さらにEU(欧州連合)や中国ではいったん承認されても、再審査が必要だ」、「2017年以降の再審査の申請を誰がやるのか?」、「生産者団体や中小の種子会社には負担が大きすぎる。とてもやれない」という懸念である。

 再審査を受けずに輸出すると、輸入国側では「安全性審査を受けていない未承認品種」ということになり、輸入拒否される。これでは特許切れで自由に組換えダイズ(MON40-3-2)を栽培できるようになっても、実際には生産者は使えないという懸念は当然のことだろう。

 組換え作物の食品・飼料の安全性や環境影響評価は日本を含め各国ともきびしい。とくにEUの場合、科学的理由からきびしいだけでなく、政治や社会情勢も絡むので、承認までに要する期間とコスト、申請者(開発者)に求められるデータは膨大なものになっている。

 最近(2012年6月21日)、欧州食品安全機関(EFSA)は、除草剤耐性遺伝子組換えダイズMON40-3-2の栽培のための市販申請についての科学的意見書を発表した。

 MON40-3-2の栽培や食品の安全性に問題はないという意見書だが、全部で110頁、添付資料も膨大なものだ。EFSAの意見書が出ても、この後、欧州委員会で承認されるにはまだ相当時間がかかるだろうというのが大方の見方だ。さらにようやく承認されても、EUでは10年後に再び審査があり、一からやり直しに近い、膨大なデータの提出が求められるのである。

農業経済学者の心配はつきない

 モンサント社は2021年まで海外市場向けの責任をもつと宣言したが、同時に、2010年7月の発表では、「申請に要する費用負担は当社にとっても大きい」、「特許切れのジェネリック種子の自由利用が進むように、種子業界全体で考えて欲しい」とも述べている。

  アイオワ州立大農業法・税制研究センターのMcEowen教授も2011年4月に同様の懸念を表明している。

 「グリホサート耐性ダイズの特許期限切れと海外市場再申請問題」と題するレポートで、「これから次々とパテント切れの組換え作物がでてくる」、「今回のダイズについて、モンサント社は海外市場に責任を持つと宣言したが、他のバイテクメーカーも同様の配慮をするかはわからない」と心配はつきない。さらに「ジェネリックのダイズを製造・販売する種子会社が、生産者に自家採種禁止の条件をつける可能性も否定できない」と悲観的だ。

 後者はなんとも言えないが、海外市場での再審査制度が、ジェネリック種子の自由利用に大きな障害となる可能性は高い。

大企業批判が皮肉な結果に

 特許切れ後のジェネリック種子問題は今後思わぬ展開があるかもしれない。しかし、遺伝子組換えダイズやトウモロコシが食用、飼料用として商業栽培されてから17年。この間、安全性審査を受けて、市場にでた商品にはひとつも「事故」は起こっていない。

 だから、遺伝子組換え食品の安全性審査は必要ないと言うつもりはない。害虫抵抗性や除草剤耐性といった比較的単純な形質を示す組換え植物にくらべて、これから世に出てくる新規系統は植物の代謝生理に複雑に関与するものが多くなるはずだ。

 こういった新規のものはアレルギー性や、人や家畜にたいして有害な物質を新たに作らないかなどを事前によりきびしく審査するべきだ。しかし、きびしい審査をクリアして承認され、その後10年以上、なんの問題も起こっていないものへの再審査は考え直すべきだ。

 遺伝子組換え食品・作物に反対する団体や学者・文化人は、「組換え作物は特許によって自家採種して使えないなどの制約をうけ、タネ代も高く生産者のメリットは小さい」と批判する。しかし、このような団体、学者たちは組換え食品・作物に対して、きびしい安全性審査も求めている。

 ヨーロッパの再審査制度も、市民団体・専門家の声を反映したものだ。彼らは「10年以上使って、何も安全上の問題が起こっていないのなら、再審査制度は廃止するか簡素化すべきだ」とはけっして言わない。今のEUの状況を考えると、行政側も安全性審査の規制をゆるめにようにとられる改正はやらないだろう。

 農薬の再登録でも同様な問題があるが、科学的にみて合理的でないきびしい審査制度の影響を一番受けるのは、大手メーカーではなく、中小事業者のほうだ。きびしい審査制度に耐えられる膨大なデータを提出できるのは、大企業だけだからだ。皮肉な構造になっている。

自家採種の種子 コストは安いがリスクもある

 米国では組換え品種でないダイズは自家採種して再生産に利用してはいけないという制限はない。日本も同様だ。しかし、非組換えのダイズを栽培している農家がどの程度、自家採種で栽培しているのだろうか? 市販のタネはコストもかかるが、その分、発芽率○○%以上と保証され、種子伝染性病原菌の殺菌処理もされている。殺虫剤を種子に処理して販売されるものもある。自家採種した場合、発芽率が悪くても文句は言えないし、病気が出ても、自分で殺菌剤をまかなければならない。

 「自家採種禁止はけしからん、種子の企業支配だ」と怒る学者、文化人もいるが、実際の農家現場を知った上での発言なのかと思うことがある。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介