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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

津波被災地で進む巨大防潮堤工事

白井 洋一

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 東日本大震災から2年。原発事故のため今も放射線量が高い地域を除いても、復旧、復興工事のスピードは遅いと言われている。しかし、海辺の生態系への影響を考えて、慎重に復興工事を進めるべきだという意見も地元から出ている。東北各地で進む巨大防潮堤計画に対してだ。

●日本生態学会 東北3県知事に意見書
 津波対策のための防潮堤は今までは高さ3~5メートだったが、今計画されている「巨大」防潮堤は約10メートルで、コンクリート土台の幅や長さも延長される。

 計画が発表されると地元や研究者から疑問と懸念が続出した。

 日本生態学会は2012年秋に、岩手、宮城、福島の3県知事あてに、「津波被災地での防潮堤建設にあたっての自然環境への配慮のお願い」という意見書を出した。

 植生学会、水産学会と3学会共同の意見書(要望書)で、「津波被害防止のため、防潮堤の価値は認めるが、十分に検討して建設しないと、景観を含め生態系や地域の保全にとって、かえってマイナスになる場合もある」、「われわれ研究者の経験と知恵を活用してください、協力します」という内容だ。

 たんに「貴重な自然を守れ」、「建設工事反対」ではなく、具体的な提案を含む政策提言書だ。

 学者が自らの研究のため、貴重な生態系を守れといっているのではない。意見書によると、宮城県気仙沼市では地域住民が「防潮堤を勉強する会」を結成し、「防潮堤だけに頼らない地域作り」や「巨大防潮堤建設中止」の要望書を市や県に出している。岩手県や福島県でも地元の住民団体で同様の動きがあるようだ。

 2013年3月7日、生態学会の年次集会(静岡市)で、「津波被災地での復興工事と生態系保全、自然の恵みをどう活かすか」という集会が開かれた。

 地域住民や行政側からの発表がなかったのは残念だが、大学の研究者が5つの講演をおこなった。

 1.自然の恵みを活かす復興の必要性 (主催者、京都大防災研)
 2.仙台湾、海浜海岸エコトーンからの問いかけ (東北学院大)
 3.福島県松川浦の津波被災地の植物相 (福島大)
 4.三陸リアスの内湾・河口のメタ群集、広域管理への願い (岩手医科大)
 5.漁場環境と水産業利用の観点から (九州大)

 5番目の発表者はこれまでも生態系に配慮した堤防や港湾工事に多く係わり、行政と渡り合い、現場や法律にも詳しく聴きごたえのあるものだった。しかし、1の主催者の開催趣旨説明や2から4番目の生物学者の講演は焦点がやや散漫でこれからなにをどうしたいのか今一つ分かりにくいものだった。

 今回は、一般市民や行政向けにわかりやすく説明する集会ではないのでこれでも良いが、今後、学会が地元住民に協力し、行政の政策にも関与していこうと本気で考えているのなら、プレゼンのやり方を工夫する必要があると感じた。

●巨大防潮堤の生態学的な問題点

 巨大防潮堤建設による生物学、生態学的な問題として次のようなことがあげられる。

 1.砂浜や砂丘がなくなるか、大幅に減る。
 2.干潟、瀬、後背湿地など淡水と海水が入り交じった「汽水域」が失われる。
 3.内陸の森林から沿岸までをつなぐ生物の移動や土砂の移動が分断される。
 4.景観生態学的には、視界を遮る圧迫など住民への心理的影響が心配される。

 1~3によって、生息地がなくなるとそこに住む植物や動物(水鳥も含む)も失われるが、貴重な生物相や固有な生態系が失われるといってもなかなか一般市民や行政の理解は得られない。

 しかし、2の汽水域はカキやニホンウナギの養殖にとっても重要な環境であり、他の食用カニや貝類の繁殖場所でもあり、水産業への影響も大きい。「大切なんだ」と理解されやすいかもしれない。

 汽水域だけを保護することはできない。海岸から砂浜、海岸林、後背湿地を含む水辺生態系全体を保護しないと汽水域も残らないのだ。この辺を説明するのが難しい。

●巨大堤防で巨大津波は防げない むしろ逆効果の場合も
  現在、東北各地に計画されている巨大堤防の高さは最高9.8メートルで、15~20メートル、最大では約40メートルの地点もあった2011年3月11日の大津波に耐えられる想定ではない。

 現在の防潮堤は昭和三陸地震(1933年)やチリ地震津波(1960年)に対応した5メートル程度のものだが、これを明治三陸地震(1896年)の津波(6~10メートル)に耐えられるようスケールアップするという計画だ。

 どうも中途半端な高さだ。今回の巨大防潮堤計画には生物や生態系への影響だけでなく、人命や財産の安全確保の点でも多くの疑問が出されている。大震災発生から3か月後の6月に開かれた土木学会ではすでにいくつかの指摘が出されている(産経新聞、2011年6月12日)。

 2011年3月11日の大津波では多くの防潮堤が倒壊したが、その原因の一つは防潮堤を越えた津波が堤防の内側の基礎部分をえぐった洗掘(せんくつ)だ。さらに堤防の内部に入った津波が、もどっていく際の「引き波」の圧力で堤防は内側(陸側)から決壊したものもあった。

 防潮堤は海側から押し寄せる「押し波」への対策であり、堤防を越えてしまった波や引き波にはもろいのだ。さらに、巨大堤防は海が見えなくなるため、津波襲来の発見が遅れ、住民避難にとってかえってマイナスになると言う指摘もある。

 なぜ、あのように広い範囲で複数回にわたって巨大な津波が発生したのか、今も正確なところはわかっていない。中途半端な巨大防潮堤を作っても千年に一度規模の想定外の津波は防げない。もし、想定外にも対応できる超巨大で超強固な防潮堤を作るとしたら、メリットよりデメリットの方が大きくなるのは明らかだ。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介