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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

米国農務省 組換え作物の栽培承認延期 包括的環境影響評価を実施

白井 洋一

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 2013年5月10日、米国農務省はダウ社とモンサント社の除草剤耐性組換え作物の商業栽培認可を延期し、さらなる詳細な環境影響評価を実施すると発表した。

 対象となったのはダウ社の2,4-D除草剤耐性のトウモロコシ1件とダイズ2件、モンサント社のジカンバ除草剤耐性のダイズ1件とワタ1件の計5系統だ。

 いずれも現在広く使われている除草剤(グリホサート)耐性作物で除草剤が効かない雑草が蔓延したための対策として開発されたものだ。開発メーカーだけでなく、生産者団体の一部からも今回の決定に不満の声があがっているが、農務省の決定は科学的に見て妥当なものだ。2つの除草剤(2,4-Dとジカンバ)の使用には事前に評価すべき多くの課題があるからだ。

米国の環境影響評価のしくみ

 米国の組換え作物の商業利用は3つの行政部局によって審査される。食品・飼料の安全性は食品医薬品庁(FDA)が担当し、害虫抵抗性やウイルス病抵抗性作物は農薬と同じように環境保護庁(EPA)が審査する。農務省はすべての組換え作物について、(1)作物保護法に基づき、有害雑草化するおそれがないか、(2)連邦環境政策法に基づき、環境アセスメントをおこなう。

 今回の場合、どちらの除草剤も1950年代、60年代から利用されており食品・飼料安全性は承認されている。農務省の評価でも有害雑草化するリスクはきわめて小さいと判断されているが、2番目の環境アセスメントで注文がついた。

 連邦環境政策法では、最初の環境アセスメントで、さらなる詳細な調査が必要と判断された場合、包括的な環境影響評価書(Environmental Impact Statement, EIS)を作成することと定められている。

 EISをやるか、やらずに最初の環境アセスメントだけで済ませるかの判断基準は明確ではなく、「必要と認められたときに」、人の健康影響、野生生物への影響、社会経済的影響を含む包括的EISを実施することになっている。

 環境アセスメントにくらべて、EISは時間と費用がかかる。時間にして1~2年、費用は2桁(約100倍)余計にかかると言われている。報告書も1000頁以上の分厚いものになる。

 米国の承認制度に詳しい方や筆者が2011年3月に書いた農環研GMO情報「USAのABC,米国栽培差し止め裁判の波紋」を読まれた方の中には、農務省はEIS抜きで承認したら、また裁判で負けるかもしれないと弱気になったのではと思う人もいるかもしれない。

 たしかに2006年のグリホサート耐性アルファルファ、2008年のグリホサート耐性シュガービート(テンサイ)の裁判では、農務省の対応に一貫しないところがあった。EIS抜きで栽培承認したのは違法と連邦地裁(一審)で敗訴すると、上級審の判断をまたず、敗北を認めEISを実施した。

 さらにアルファルファ、ビートとも実際の栽培現場で交雑や混入はほとんど問題になっていないのに、一部の有機栽培農家(遺伝子組換え反対運動家)の主張を取り入れる共存案を提示したりもした(この共存案は最終的には採用されなかったが)。

 しかし、今回のEIS実施決定は米国の生産現場の実態を考えるときわめて妥当なもので、バイテク反対派の偏った意見に与したものではない。

2,4-Dとジカンバ どこが問題なのか

  農務省の発表について、5月10日のニューヨークタイムズロイター通信が伝えている。

 EISを実施する理由として、抵抗性雑草問題がさらに広がること、除草剤の使用量が増えることともに、対象作物以外の作物や農地への悪影響をあげている。メディアでは詳しく説明されていないが三番目のオフサイト(off-site)での悪影響が最も心配される問題なのだ。

 パデュー大学の研究者が2012年11月にジカンバと2,4-D耐性作物の問題点を解説している

 2,4-Dは1950年代、ジカンバは1960年代に商品化され、どちらも植物ホルモン作用をかく乱する古いタイプの除草剤だ。現在、除草剤耐性組換え作物に広く使われている1位のグリホサートと2位のグルホシネート除草剤にくらべて、雑草種に対する殺草範囲も狭い「選択型」であり、それほど優れた除草剤というわけではない。

 グリホサートの効かない雑草の出現、蔓延後、新規の画期的な除草剤が開発されないため、グリホサートと殺草メカニズムの異なるオールドタイプを引っ張り出さざるを得なかったというのが実情だ。

 殺草効果はともかく、長年利用されてきた歴史もあり、トウモロコシ、ダイズ、ワタ畑だけで使うのならば、悪影響は考えられない。

 しかし、トウモロコシ、ダイズ、ワタの除草剤耐性品種は広い面積に栽培し、軽飛行機やヘリコプターで空中から除草剤を散布する。その際、問題となるのが、風にのって対象作物畑の周辺に除草剤が拡散し、他の作物(野菜、果物など)へ及ぼす影響だ。

 対象外作物への影響にはドリフト(漂流飛散、drift)と揮発化(ガス状化、volatility)の2つがある。ドリフトは除草剤が液体状のまま風にのって周辺の作物に降りかかる。揮発化は霧状(気体)になって風にのってより遠くまで運ばれる。

 高濃度の除草剤が野菜や果物にかかれば薬害をおこし枯れる。被害は大きいがすぐにわかる。しかし、低濃度で微量の気体の場合、外見は正常でも、野菜や果物の内部に生理障害を起こす可能性があり、収穫して中味を見るまで被害がわからない。

 ドリフトや揮発化は風向きや風速だけでなく、気温や気圧などによって影響の程度が異なる。2,4-Dやジカンバは長年使用されてきたが、広大なトウモロコシやダイズ畑で空中から散布するという使い方はなかったので、このような場合の周辺作物への影響に関する知見は不十分だ。

 ドリフトが広がらないよう散布ノズルを工夫したり、揮発化しにくい製剤に改良するなど開発メーカーも救済案を出している。しかし、これらの対策の実証試験は十分ではなく、商業栽培承認前に検討すべきことがたくさんある。雑草を枯らす除草剤は作物の生育を阻害する化学物質でもあるというのがパデュー大学研究者たちの主張だ。

 研究者だけでなく、これまで組換え作物の利用を支持してきた生産者団体も、2,4-Dとジカンバ耐性作物には批判が多く、2012年4月「Save Our Crops Coalition(我々の作物を救え連合)」を結成して、農務省や環境保護庁を訴えている(ロイター通信、2012年4月18日

 これらの主張は組換え作物・食品なんでも反対の市民団体の裁判と違い、なるほどもっともという心配や懸念だ。少なくとも2015年まで、2つの新規除草剤耐性作物の栽培承認は延期される見込みだが、EIS終了後、農務省がどんな判断をするのか注目だ。

栽培しないのに栽培も含め承認する日本の制度

 今回の米国農務省の決定は、日本の遺伝子組換え作物の環境影響評価が現実の問題を考慮しない、奇妙な制度であることを改めて認識させる。

 ジカンバ耐性ダイズや2,4-D耐性トウモロコシは生物多様性影響評価総合検討会(環境省と農水省主管)の審査を経て「わが国の生物多様性に及ぼす影響はない」として次々と「栽培目的」を含む野外での利用が承認されている。

 ダイズ、トウモロコシ、ワタとも海外のバイテクメーカーが日本に利用申請するのは、栽培のためではなく、飼料や食品原料としての穀物種子の輸入のためだ。実際、商業栽培するためには環境省・農水省主管の生物多様性影響評価だけでなく、ジカンバや2,4-Dを作物の茎葉上に散布した野外試験をおこなって除草剤使用の登録を取らなければならない。バイテクメーカーは日本でこれらの新規除草剤耐性作物を栽培品種として売り込むつもりはないので、除草剤の新規利用(登録拡大)申請はしていない。今後もその予定はないだろう。

 実際に商業栽培されないので、米国のようにジカンバや2,4-Dによる対象作物以外への影響を考慮せず、栽培を含めた承認を認めても問題は起きないし、実害は生じない。しかし、このような審査・承認制度で果たして良いのだろうか。世界でもきわめて珍しい制度であることは確かだ。ガラパゴス化した日本の審査制度の問題点については改めて取り上げたい。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介