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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

地球温暖化 農作物への影響と対策

白井 洋一

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 「地球温暖化でリンゴの甘み増す」という記事が2013年8月16日に共同通信など各紙に載った。Nature News(2013年8月15日)でも取り上げられ、世界各国で報じられたようだ。

 農林水産省傘下の独立行政法人・果樹研究所の研究者らが、青森県産業技術センターりんご研究所と長野県果樹試験場で長年蓄積されていたリンゴの代表的品種である「ふじ」と「津軽」の糖度と酸度のデータと年平均気温の相関関係を分析したものだ。「ふじ」は長野県で1970~2010年、青森県で1975~2010年のデータを用い、「ふじ」より約2月早く収穫される「津軽」は長野県で1980~2010年のデータを使って解析した。

 「ふじ」、「津軽」とも平均気温との関連性はほぼ同じで、ひとまとめにすれば、過去30~40年間で平均気温は1.3度上がり、その間に酸度は平均15%減り、逆に糖度は平均5%増えた。糖度が増えたのは、発芽や開花期が早まり果実の生育期間が長くなったことと、成熟期の気温が高かったためと分析している。

悪影響の方が心配
 この記事を見て、「リンゴは甘くなるのか、地球温暖化もそれほど悪いことばかりではない」と思った人は少ないだろう。データを解析した果樹研究所の研究者も「味には良い傾向がでるが、極端な温暖化は実を柔らかくしたり、高温障害で出荷量が減ったりして、全体では悪影響が懸念される」と言っている(毎日新聞、2013年8月16日)。

 4月12日に環境省から発表された「日本の気候変動とその影響(2012年度版)」では、農林水産業への影響としてイネと魚(サワラとスルメイカ)を取り上げている。

 米の収量は年平均気温が2度上がると1.03倍増えるが、3度上がると0.99倍、4度上がると0.95倍と悪影響の方が大きくなる。収量以上に深刻なのは品質の低下で、米の内部が白く濁る「白未熟粒」が増える。白未熟粒は外観から米の等級ランクが低く評価され、販売価格が下がる(一等米の割合が20~40%減少)。外観だけでなく実際の食味にも影響する。

 水産業では、サワラ(サバ科の暖海性種)が海水温の上昇によって日本海での漁獲量が増えるというプラスの報告もあるが、スルメイカでは高水温障害の影響で漁獲量が減っている。海水温の上昇とともに酸性化の進行も懸念されており、水産業全体ではマイナス影響の方が大きいようだ。

対策
 地球温暖化、高温化に備えた対策は農水省や環境省などでも特別研究予算を投じて進められている。7月12日、日本育種学会、作物学会などの共催で、「気候変動がもたらす農林業への影響とその対策を考える」シンポジウムが開かれた。

 6人の発表があったが、後半の2題で今後の対策として、イネと果樹の高温耐性品種開発の取り組みが報告された。

 福井県農業試験場では、2000年から高温耐性イネの研究を開始した。高温障害による白未熟粒には、玄米の背側が白濁する背白(せじろ)と、内部が白濁する乳白(にゅうはく)がある。福井農試では高温耐性品種の「ハナエチゼン」と、高温に弱く背白障害が出やすい「新潟早生」を掛け合わせて遺伝解析集団を作り、QTL(量的遺伝子座)解析をおこない、背白に関与する染色体部位を探し、関与する遺伝子(群)の絞り込みを進めている。背白を発現しにくいQTLを導入することで、遺伝子組換え技術を使わない従来育種法によって高温耐性品種が育成できる可能性が見えてきた。

 一方、乳白は背白にくらべて発生要因が複雑で、QTL解析は遅れているが、デンプン分解酵素であるαアミラーゼが関与しているという報告が最近、他の研究チームから発表された。ただしαアミラーゼの発現は複数の遺伝子によって制御されており、遺伝子の組合せによって、乳白発現の程度が変わる。乳白耐性の品種を作るには、これらの遺伝子(群)の働きをなんらかの人為的手段で調節する必要があり、従来の育種法だけで達成できるかどうかが課題となりそうだ。高温耐性品種としての実用化はまだ先のようだが、遺伝子組換え技術を使うのか、あくまで使わないで進めるのか早めに決断すべきだろう。

果樹はイネより深刻
 果樹の高温障害は47都道府県すべてで報告されている。暖冬の影響で低温順化が十分進まず、春先に凍霜害を受けやすくなる(リンゴ、ナシ)、休眠覚醒が遅れる(ナシの眠り病)など暖冬による障害のほか、生育期の高温による結実不良(ナシ、ウメ、オウトウ)や着色不良(ブドウ、リンゴ、ミカン)、日焼け(リンゴ、ミカン)、浮皮(ミカン)などの被害が各地で深刻化している。

 とくにウンシュウミカンは西南日本では栽培できなくなるのではという危機感もあり、九州や沖縄ではミカンはあきらめて、熱帯性果樹を作った方が前向きな対策ではないかという意見も出ていると言う。あまり報道されないが、温暖化はすでに日本農業の一部で致命的な問題になっている。

 イネは2004年に日本が主導したイネゲノムプロジェクトによって、ゲノム(全遺伝子)情報が解読され、これをもとに高温耐性、乾燥耐性に関与する遺伝子(群)の絞り込みも進んでいる。それにくらべると、果樹のゲノム情報解読は遅れており、遺伝子情報を使った高温耐性品種の育成はこれからようやくといったところだ。温暖化の進行や猛暑など異常気象現象の頻発に対応できない可能性もある。果樹ではイネや野菜のように早植え、晩植えなど作付け時期の変更で対応することはできない。将来的には栽培断念、栽培地の変更を迫られることになるかもしれない。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介