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多幸之介先生の健康と食の講座|長村 洋一

どんなコラム?
食や健康に関する間違った情報が氾濫し、食品の大量廃棄が行われ、無意味で高価な食品に満足する奇妙な消費社会。今、なすべきことは?
プロフィール
藤田保健衛生大学で臨床検査技師の養成教育に長年携わった後、健康食品管理士認定協会理事長に。鈴鹿医療科学大学教授も務める

「科学立国の危機」は日本の危機の予兆?

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2019年4月25日

私はこの欄に前回「工業生産部門だけではない、健康食品の品質の問題」として、日本企業が品質に対してとんでもなく無責任になってきている問題点を指摘させていただいた。その後もこの風潮は変わらず、つい最近も自動車のブレーキという極めて重要な部分の検査の不正が明らかになったことなどが報じられている。

品質で世界に誇っていた日本の大企業がどうしてこんな状況を生み出しているのだろうか?そのことは、私の頭を最近離れない大きな問題の一つである。そんな疑問の回答の糸口と考えられる本に出合ったので、一読をお勧めしたい。

その書籍は「科学立国の危機」(豊田長康著 東洋経済新報社)である。著者の豊田氏は三重大学の学長退任後、独立行政法人国立大学財務・経営センター理事長職を経て現在鈴鹿医療科学大学学長職にある。学内では学長職にありながらIRセンター長を兼任し、学生のデータを種々の角度から分析し会議の席上に持ち出してこられるが、その適格性には学ぶべき新しい発見がある。

豊田氏は三重大学及び国立大学財務・経営センターに在職しておられた頃から科学で立国を誇ってきた日本は本当に重大な危機的状況に陥り始めている、と警鐘を鳴らしてこられた。そのことを具体的数値から分析し、詳しく解説しているのが本著である。地方大学学長として文科省の締め付けに苦しまれ、センター理事長職に就かれるや、民主党政権からそんなものはいらないと仕分けに合われるという著者の大きな経験に基づく読み応えのある一冊である。

●日本の論文数が低下している主因をデータで分析

冒頭に「グラフや統計的な解析の説明の苦手な方もわかりやすく説明しますからお付き合いください」と書いてあるとおり、多くのグラフがあり2回読み返すとなるほどとわかるような個所もいくつかある。しかしそれだけに説得力は大きい。大きな章立ては次のようになっている。

第1章 学術論文数は経済成長の原動力

第2章 日本の科学原動力が危ない・・・ノーベル賞ゼロ時代の危機

第3章 論文数は金次第・・・なぜ日本の論文数は減っているか

第4章 政府の研究政策はどうあるべきか

第5章 すべては研究従事者数(FTE)に帰着する

第6章 科学技術立国再生の設計図・・イノベーション・エコシステムの展開

終章  研究力は地域再生力の切り札となる

豊田氏が全体の問題点の中でも特に問題としているのが論文数の低下である。この問題を、最も深刻な被引用数の低下、論文数と被引用数で急落する日本の大学、といった表題のもとに詳しく説明してある。そして惨憺たる日本の研究力という項において、生産年齢人口当たり、GDP当たりの両者で論文数は低く、引用数においてはアジア近隣諸国と比較しても低くなってしまったことがグラフとともに解説されている。さらには理系から文系まで各分野別の論文数の比較がグラフ化されている。最後には韓国との国際競争力に関する比較がグラフで示されているが、思わず情けないと叫びたくなるような図である。とにかく読み進んでゆくうちに何かうすら寒い感じさえしてくる日本の科学研究の貧弱さに気づかされる。

このような状況を引き起こしている最大の原因の一つとして、お金の問題を第3章で取り上げている。ここでは研究者の人数および研究時間も含めて論文数をどのように比較すべきかが論じられ、フルタイム研究者数(FTE)という考え方を導入して研究者の国際的比較を行っている。日本にはこのFTEという概念の重要性の意識が低くかったため正確な数値は出せない状況を踏まえつつも比較した図が掲載されているが、日本の低さに唖然とさせられる。その因子分析が経済学で使用されるいくつかの数式を用いてなされ、種々の角度から浮き彫りになってくるのは、お金のかけ方が国際的にみて非常に低い状況であることだ。まさにこの章の表題「論文数は金次第」を実感させられる。

第4章からはこのような状況から日本はどのようにしたら脱せられるかを論じているが、前章までで明らかにされた問題点の中で国立大学の法人化の問題点が指摘されている。この問題を明らかにするために論文数を大規模国立大学、中小規模国立大と私立大学に分類してグラフ化比較がなされている。この図から明確になっているのは大規模および中小規模の国立大学両者ともに法人化の頃を境として論文数が急落している。著者はこの原因として国立大学の法人化により予算の削減がかなり行われたことを種々の角度からグラフ化して指摘している

●国立大学の真似をするな!

この著者の指摘の通り、確かに予算の削減は大きく影響しているには違いないと思われるが、その解決策の一つが単に予算の増加では解決しないと私が感ずる問題がある。この章の冒頭に出てくる国立大学と私立大学の論文数のグラフであるが、国立大学が下降線をたどっているのに私立大学は伸びていることである。

私は現在の鈴鹿医療科学大学へ赴任する前の33年間、私立の藤田保健衛生大学(現在藤田医科大学)に創設時から在職しており、この大学が育ちあがってゆく過程を間近に見てきた。この大学の創設者藤田啓介理事長が教職員に対し叱責をするセリフが「国立大学の真似をするな!」であった。

こうした創設者の理念のもと、国からお金を貰って何かをするということができない故に一般常識から大きくずれたことが幾つも行われた。世間からは大学らしくないとの評価も良くなされていた。しかし、こうした「国立の真似をしない」という理念はこの大学を確実に大きくしていった。そして昨年は大学の世界ランキングおよびアジアランキングで私立大学としては名門の慶応、早稲田をはるかに抜いて日本一に輝いた。

国立大学の予算削減による疲弊の解決策はこうした私立大学の在り方に学ぶ必要性があるように感じている。しかし、この私立大学に対しても文科省は予算配分を盾に自由の締め付けを行い始めていることが私立大学もダメにするのではと危惧をしている。

●知的集約型産業の中核となるシステムを全国各地に

第5章では改めて研究従事者数FTEの数が重要であることを論じている。この論説の中でひときわ目を引くのが、臨床医学論文数だけが増加に転じた理由、という表題である。ここには法人化後国立大学病院に課された三重苦と題して、著者の産婦人科教授という立場で起こったことが詳細に書かれている。この記事を読みながら私が感じたのは私立医科大学では最初からこうだった、国立大学はある意味幸せだったのではということだ。いずれにしても大学病院の医師数は確かに年を追って伸びている。そしてそのことが臨床医学論文数に見事に相関している。この例から類推してさらに国際的な比較まで含めて研究従事者数の増加が非常に重要であるとの結論に至っている。納得のゆく展開である。

最後の章ではイノベーションに広がりを持たせることの重要性から話は始まり、ドイツでの産学連携による論文数の増加の例を紹介し「大学改革等によるイノベーション・エコシステムの創出」の「目指すべき将来像」の枕詞に大賛成との表題で平成30年6月15日に閣議決定された「統合イノベーション政策」が抜粋掲載されている。そして「大学や国研が産学官を交えた知的集約型産業の中核となるイノベーション・エコシステムを全国各地に構築」という部署を高く評価している。

具体的には地元三重県の南伊勢町にある「国立研究開発法人水産研究・教育機構、増養殖研究所、南勢庁舎」のようなところを巻き込んで産学が共同して地域振興に役立つ研究開発を進めることを国が推奨していることに対する賛成意見である。国はこの改革に対する具体的な論文数の数値目標を掲げている。私もこうした取り組みはうまく展開すれば非常に大きな成果が期待できると考えている。何故なら私の前任の藤田保健衛生大学は、形は少し異なるが考え方は全く同じことを具体化して現在のように大きくなったと感じているからである。

国が掲げる数値目標の意義をいくつかを取り上げる中で英国のThe Metric Tideというグループが示した「頑健性、謙虚さ、透明性、再帰性」の五つの定量指標の重要性を取り上げている。さらに興味ある問いかけとして、若いことだけが重要であるか?と疑問を投げかけている。必ずしもそうではないとの結論としてノーベル賞受賞級となった研究が何歳の時に行われたかのデータを例にシニア研究者の重要性も説いているが私には勇気づけられる記事であった。

この書籍の随所に「科学技術の状況にかかわる総合的意識調査」という日本全国の公的機関および民間の研究者のアンケート調査から抜粋された赤裸々な問題点が挿入されて、大変考えさせられる言葉が多い。

いずれにしても、汗水流して真理の探究に始まって役に立つ研究まで発展させていく日本の科学研究を進展させることが、日本企業の真の意味での発展につながることは間違いないことである。そして企業が世界的にしっかりすれば、その品格として見苦しい不正は行われなくなってゆくと本書を読みながら痛感した。

日本の国が置かれている現状をしっかり把握するために是非ご一読をお勧めする。

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