科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

長村 洋一

藤田保健衛生大学で臨床検査技師の養成教育に長年携わった後、健康食品管理士認定協会理事長に。鈴鹿医療科学大学教授も務める

多幸之介先生の健康と食の講座

食品添加物のゆくえ~第1回食品添加物表示制度に関する検討会を傍聴して(後)

長村 洋一

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●添加物は新しい時代に突入し始めている

前回、第1回検討会の様子をお伝えしたとおり、多くの委員が添加物の安全性が確保されているとの前提で臨んでおられることが分かった。中でも(一財)食品産業センターの武石 徹委員は「『食品添加物表示』は『食の安全』に関わらない制度と整理すべき」と提出資料に基づき発言した。

同じような立場から、(一社)日本添加物協会の上田要一委員も提出資料を示し、世の中に無添加表示が好まれている社会的風潮に対して明確に禁止を含めた規制をすべきと訴えた。

実際に世の中で大きく「無添加」と表示している商品には、何が無添加なのか良くわからないものも多い。無添加と具体的に示されている場合の多くは、保存料、着色料、人工甘味料そして化学調味料と称しているうま味調味料の4つである。また、パンなど乳化剤やイーストフードなど特有の無添加表示も目立つ。大手食品事業者も含めて行うこうした「無添加」「不使用」表示は、国民に対して化学物質に対する量の概念を感覚的に失わせるという問題を内在させている。

さらに上田委員は資料の中で、「アレルゲンや消費期限等、特に安全性に係る表示を優先させるという現状の制度維持も視野に入れて、食品添加物表示制度の検討を行うべき」と提言、さらに「食品事業者が“おいしさ”や“食べやすさ”を実現するため、複数の食品添加物を組み合わせて使用することが多いのが日本の食品産業の特徴であり、現在の 食品添加物表示は見やすさ、分かりやすさの点で消費者にメリットがあると考えます。」と主張した。

両委員の提言は業界側の発言であるので、食品添加物のメリットをもっと考慮すべきという趣旨の発言であるのは当然であろう。しかし、この両者の発言は、「新しい時代に、安全性が確保されている添加物をこの大量流通社会でどのように有効利用すべきか」ということの問題提起でもある。

●私のドイツでの経験

話は変わるが、かつて私がドイツの糖尿病研究所へ留学したのは、ちょうどチクロが日本で使用禁止になった数年後であった。そのとき所長のグリス教授が「日本はアメリカの真似をして、何故あんな素晴らしい添加物を禁止にしてしまったのか。動物実験でとてつもない量を毎日食べさせたような実験で初めて起こるようなことが、食品添加物として使用したときに起こると考えて使用禁止にすることは本当に愚かなことである」と私を責め立てるようにチクロ禁止を批判していた。

彼はチクロを使用することによって糖尿病患者がどれほど恩恵を受けるか、患者の血糖値の動きから具体的に話してくれた。彼の発言でそうなったわけではないが、ヨーロッパではチクロは現在も当たり前に使用されている。

このグリス教授の怒りの発言は、食品添加物に対する当時の私の考え方に大きな影響を与えた。このドイツ留学で経験したことを契機に、食品添加物使用によるベネフィットは何か、なぜ使われるのかを考えるようになった。そしてこの観点から、私は前任の藤田保健衛生大学(現在藤田医科大学)の食品衛生学の授業で、食品添加物の講義を行ってきた。それを振り返るとき、添加物危険思想で昭和を過ごした我々世代に知ってほしい重要な事実に気づかされる。

昭和50年代頃の当時の講義は、明らかに添加物は避けるべき化学物質的な観点から行っていたが、平成7年の食品衛生法の改正がなされた頃から徐々に変わり始め、添加物の有するベネフィットの重要性を意識するようになったのである。詳細は拙著「長村教授の正しい添加物講義」をご覧いただきたい。

安全性に全く問題のない食品添加物の多くは、適正な利用をすれば食生活形態が大きく変化している現代社会において、国民の健康を支える非常に重要な化学物質集団であると考えている。

●添加物の歴史から分かること

食生活というのは、単に科学の問題ではなく、文化の問題でもある。おいしく、楽しく、そして健康に良い食生活は非常に重要である。そのために古代の人たちは甘味を有する植物から砂糖を結晶化したり、海水から食塩を結晶化したりして調味料として用いるようになり食生活を豊かにした。食品添加物もこの調味料と似た歴史を有している。

すなわち食品をよりおいしく、よりきれいに、そしてより保存しやすくしたいという食生活改善の手段として食品添加物などという言葉のない時代から発展してきた。現在、食品添加物の中の既存添加物として扱われている物質は全ていわゆる天然化合物であるが、これら化合物のいくつかは砂糖や食塩のようにある食品加工の時に使用することにより、より素晴らしい食品ができることがわかって長年にわたり利用されてきた物質である。

一方、19世紀後半あたりからの化学技術の急速な発展に伴い、医薬品を含めて食品添加物も素晴らしい化合物が発見、合成されて食品に添加されるようになってきた。しかし、一見素晴らしく見えた化学物質がとんでもない健康被害を起こすことも明るみになってきたのが20世紀中頃以降の食品公害、薬害等である。

そこから20世紀後半、現在に至るまで、化学物質の安全性確保に関して世界中が叡智を絞って取り組んできた。そんな中で医薬品よりはるかに毒性が低く、ADIをベースに使用量が毒性の出ない領域で規制されている食品添加物の安全性は、21世紀の5分の1が過ぎようとしている今日においてほぼ確立されたと考えてよい。

安全性が確保されているならば、適切な添加物の使用はより豊かな食生活確保のために有用手段であることは確かである。そればかりではなく、メタボや糖尿病、高血圧症、慢性腎疾患等慢性疾患などを抱える方々のように、普通の食事が制限される方々でもおいしく食べられる食品の製造に役立つ。さらには食べられる食品が少なくなってしまったお年寄りの方々でも食べられる食品を作ることができ、食生活のQOLを挙げることのできる食品の開発にも非常に有用であると考えている。

すなわち食品添加物は現在のような制度の下で的確に品質管理が行われている限り、そのメリットには大きなものがある。それ故に「表示に嘘がない」ということが非常に大切なことになってくると感じている。こんな観点も含めて今後の検討会も見守らせていただきたいと考えている。

執筆者

長村 洋一

藤田保健衛生大学で臨床検査技師の養成教育に長年携わった後、健康食品管理士認定協会理事長に。鈴鹿医療科学大学教授も務める

多幸之介先生の健康と食の講座

食や健康に関する間違った情報が氾濫し、食品の大量廃棄が行われ、無意味で高価な食品に満足する奇妙な消費社会。今、なすべきことは?