科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

長村 洋一

藤田保健衛生大学で臨床検査技師の養成教育に長年携わった後、健康食品管理士認定協会理事長に。鈴鹿医療科学大学教授も務める

多幸之介先生の健康と食の講座

ファクターXと食品の機能

長村 洋一

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前回「マスク2枚と食品の機能」と題して、私は新型コロナウイルス対策におけるマスク着用の有用性について肯定的推測をした。マスクの有用性の現れ方が食品の機能と似ていて、マスクの有用性を検証してもなかなか有意差を認めるような結果は得られないほど微々たるものであるが、マスクの使用がある規模となった時に大きな結果をもたらす。このような現象を予測するための、新しい科学の方法論があるのではないかと考え、独自の見解を述べさせていただいた。

マスク着用に関しては、2月頃にはWHOやトランプ大統領もかなり否定的であったが、現在では米国の過半の州でその着用が義務化され、多くの国で義務化された。その後も新型コロナウイルスは世界的には収まるどころか、増加の一途をたどっている。まだ不明な点が多い状況ではあるが、様々な科学的な知見も発表されている。

●山中伸弥先生のファクターX

京都大学の山中伸弥教授が「山中伸弥による新型コロナウイルス情報発信」というウェブサイトを立ち上げられ、積極的に情報発信を行っておられる。ここに紹介されている論文や専門家のご意見の中で、山中先生が必読と勧めておられる慶応大学医学部の古川俊治教授の「Significant Scientific Evidences about COVID-19(2020年7月24日版)」は、圧巻であった。日本語で書かれており、非常に多くの最新情報を得ることができる。

ウェブサイトの「5つの提言」では、3月31日、4月9日及び4月22日に出された提言を5つにまとめており、「国民全員が日常を見直し、人と人の接触を減らそう」など、我々の日常生活を変えることでできることもある。国が先頭に立って市民の理解を得るように努め、対策を進めていただきたいと強く感じる次第である。

また、「解決すべき課題」では「アジア・オセアニアのファクターX」と題して、アジア・オセニア各国の人口100万人当たりの死亡者数が欧米に比較して明らかに少ないことに触れ、「人種による死者数の割合を全米とカリフォルニア州で比べると、アジア系住民の人口当たりの死亡者数が白人と比べて低い傾向にはありません。ファクターXは、人種による遺伝子の違いよりも、他の要素がより重要なのかもしれません。」と言っておられる。

●ファクターXの本質は果たして見つかるのか

私自身このファクターXに非常に興味がひかれるのは、山中先生の言う「他の要素」ということばである。何らかの環境的要因が大きくかかわっているのではないか。

実は、この現象は「食と健康」を考えるときにも非常に大きな問題なのである。同じ遺伝子を持っていても、食環境が変化すると最終的にはまるで異なった健康状態を引き起こす。

山中先生はこのXはひょっとすると、次のような要因ではないかと挙げている。
・クラスター対策班や保健所職員等による献身的なクラスター対策
・マラソンなど大規模イベント休止、休校要請により国民が早期(2月後半)から危機感を共有
・マスク着用や毎日の入浴などの高い衛生意識
・ハグや握手、大声での会話などが少ない生活文化
・日本人の遺伝的要因
・BCG接種など、何らかの公衆衛生政策の影響
・2020年1月までの、何らかのウイルス感染の影響
・ウイルスの遺伝子変異の影響
ここに挙げられた事項の多くは、すでにその効果があることが明らかになっている事項もある。しかし、これさえやっておけば大丈夫という事項は一つもない。ここが食品の機能とよく似ている。すなわち、これさえ食べれば良いという食品はなくて、どの一つも栄養バランスの構成員である。どの栄養素も欠けてはいけないし、一つの栄養素だけたくさん摂っても意味がない。そして、大人、子供、高齢者、運動をする人、病気である人などによって要求される栄養バランスは異なっている。

「食と健康」問題に良く似ている部分は、たとえばある食生活で糖尿病にならなかった人がいたとき、糖尿病になってしまった人がその食生活に変えたとしても、糖尿病の治療としては使えないということである。すなわちコロナに感染してしまった人に「ファクターX」を実行させても、治すことはできないのと同じである。

●新しい科学的手法の必要性は?

この考え方からすると、ファクターXはあるウイルスに対抗するための生活習慣と社会環境が総合的に整ってはじめて有効にはたらく。したがってこれが決定的因子だと証明できる因子は見つからない可能性がある。しかし現象をよく観察すると、アジア・オセニア各国の住民の死亡率が欧米に比較して低い事実は歴然として存在しているから、何かがあるのも確かである。

話は変わるが、漢方薬は生薬として全体を摂取すると確かに効果があるが、その有効成分を分析してゆくと効果の決定的因子が発見できないことが多い。なぜならば、漢方はエキスとして摂取させるのが基本であるからである。漢方医療における再現性が少ない成果を見るたびに、東洋医学としての漢方の研究方法に今一つ新しい手法が要求されていると私は考えている。

その延長線上にあるもっと大きな問題が「食と健康」である。口に入る食品成分のみではなく、食べるという環境が構成する精神的要素も大きく関係している。こうした健康に及ぼすある事項の総合的な効果を検証する大きな学問体系をこれから探求できないか。たとえばAIを使用することにより確立できるのではないかと期待している。

執筆者

長村 洋一

藤田保健衛生大学で臨床検査技師の養成教育に長年携わった後、健康食品管理士認定協会理事長に。鈴鹿医療科学大学教授も務める

多幸之介先生の健康と食の講座

食や健康に関する間違った情報が氾濫し、食品の大量廃棄が行われ、無意味で高価な食品に満足する奇妙な消費社会。今、なすべきことは?