科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

長村 洋一

藤田保健衛生大学で臨床検査技師の養成教育に長年携わった後、健康食品管理士認定協会理事長に。鈴鹿医療科学大学教授も務める

多幸之介先生の健康と食の講座

米国ではcGMPを取得していない健康食品は販売禁止に

長村 洋一

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●もし胃薬として渡された中味が風邪薬だったら

 もしあなたが、胃薬ですと薬局で渡された薬の中味が風邪薬だったり、また、睡眠薬として渡された薬の用量が少なくてまるで効果がなかったり、副作用の強い抗がん剤の注射をされてその薬剤の量が多すぎてとんでもない副作用がでたり、渡された薬の中に異物が混入していたり、カビが生えていたりしたらどんな気持ちになりますか? それが薬剤師等の医療従事者の不注意ではなく、メーカーの誤りだということが判明したとしたときに「メーカーは色々な薬を大量に製造しているから、時にはそんなこともあってもしょうがないですね、これからは気を付けて下さいね」と許せますか?

 以上のようなことは薬剤製造の世界ではめったに起こらない。しかし、一歩食品の世界に入り込むとこれに類似した騒ぎはメーカーレベルで日常茶飯に発生している。国民生活センターの商品テスト・回収情報の食品の項目を閲覧すると、そこにはラベルの間違い、内容物の間違い、異物の混入、カビが生えていた等の理由で「こんな大手メーカーでも?」と言いたくなるくらいたくさんのメーカーが回収情報を発信している。薬の世界では考えられないような事故と数である。

●何故医薬品の世界ではこうした事故が発生しないか

 食品の世界で頻発しているこうした事故を製造業者は、どうでも良いなどと考えているわけではなく、できるだけ防ごうとしている。そのためにISOやHACCPの取得を行っている。しかし、現実には多くの不良品製造を結果として引き起こしている。

 ISOもHACCPもそれなりの品質管理的要素を包含しているが、ISOは良い製品やサービスの提供による顧客満足度の向上のため最も有効であり、HACCPは衛生管理に最も有効である。しかし、医薬品レベルでの事故防止のための品質の確保と言う点では両者共にいくつかの問題点を抱えている部分がある。

 もちろん、医薬品と食品では価格が異なり、製造にかけられるコストもケタ違いである。したがって、事故の頻度も違って当然だろう。だが、システムの違いも原因としては大きい。
 このような問題を起こさないために医薬品の世界ではGMPの取得が義務付けられている。GMPはGood Manufacturing Practiceの略で適正製造規範と総称される製造管理及び品質管理規則である。このことがその品質を高度に保つ最も大きな理由の一つである。

 食肉や野菜などの加工食品の世界では、回収騒ぎを起こしているこうした商品を消費者が知らずに摂取したとしても、重大事故につながるようなことは比較的起きにくい。しかし、健康食品となると薬効とまでは言えないまでも明らかな食品よりは、少量で健康に対して何らかの影響を有する。特に錠剤、カプセルなどの濃縮をされた食品成分からなる健康食品にあっては、前述のような品質の誤りはそれなりの事故につながる可能性がある。

 GMPの取得により、(1)人による間違いを最小限にすることができる。(2)医薬品が汚染されたり、品質が低下したりするのを防ぐことができる。(3)高い品質を保つ仕組みをつくることができる。しかし、この3項目を満たすためには、メーカーは工場内にそうしたことのできる管理システムを構築しなければならない。この管理システムの構築に当たっては品質管理能力を有する人の確保、設備の充実等が必須の条件となり、小規模の製薬会社には非常に大きな経済的負担の原因となる。従って、医薬品の世界にGMPが導入されたとき、弱小な製薬メーカーは業界から撤退を余儀なくされた。

 食肉や野菜などのいわゆる食品とは異なって、少なくとも人の健康に対して少量で何らかの影響を有する健康食品にあっては、コストを理由に品質管理がおろそかにされては大きな事故の発生につながりかねない。したがって、いわゆる健康食品の世界にはGMP取得が必要と考えられる。

●米国ではついに、cGMPを取得していない健康食品が販売禁止措置に

 米国ではFDAが2007年、すべてのDietary Supplement製造者に対してFDAが示した規範のcGMPを2010年8月末までに取得することを義務付けた。この対象となった製品の大半は、日本では”いわゆる健康食品”に該当する。cGMPのcはcurrentの意味で詳細は日本健康食品規格協会の大濱宏文氏の解説に詳しく掲載されている。
 FDAの通達によれば、cGMPに準拠しない工場の製品は2010年秋から販売を禁止することになっていた。そのため、この間に非常に多くの健康食品メーカーはcGMPの取得を行った。しかし現実には2010年の秋を過ぎても全米では相当数の健康食品がcGMPを取得されない状況で販売されていると伝えられていた。

 そして、FDAはNews Releaseを出し、cGMPを取得していないDietary Supplement製造者に対して強制的に約400種類の製品の販売を差し止める法的措置に出たことを報じた。まだcGMP取得を行っていない、または行うだけの余力のない企業はこの世界から撤退するか、または相当な経済的犠牲を払ってcGMP取得を行わざるを得なくなった。こうした米国における規制は、いわゆる健康食品の安全性に関して行政が消費者を守るための極めて真摯な姿勢と見ることができる。

●日本の健康食品業界におけるGMP

 日本でも平成17年(2005年)に厚生労働省は錠剤、カプセル等の形状を有するいわゆる健康食品にGMPの取得が望ましいとの見解を示し、さらに2008年に出された「健康食品の安全性確保に関する検討会」の報告書において、新たに提案された安全性認証に関しては明確にGMPの取得を義務付けている。この検討会報告書は厚生労働省において作成されたが、その後この関係の表示の問題のみが消費者庁に移管され、GMPの問題はそのまま厚生労働省に残されている。こうしたねじれた状況が健康食品の問題の責任の所在がはっきりしないおかしな状況を生んでいる。

 2005年の通達と2008年のこの報告を受けて日本でも多くの企業がGMPの取得を開始した。そして、現在はかなりのメーカーが一応、GMPを取得し、製造を行っている。従って、米国並みに品質管理が行われる体制になっているように一見感じられるが、日本の場合には大きな問題が内在している。

●日本の健康食品業界におけるGMPに対する大きな誤解

 本年の4月に健康食品市場では大手のF社が、回収騒ぎを起こし、幾つかの特に業界メディアはこの問題を比較的大きく取り上げた。F社が回収に至った原因は、この会社が製造委託を行っていた会社が原料を混ぜる際に他社の製品に使用する原料を誤って使用してしまい、そのミスがF社においても見過ごされてしまったという、少なくとも人が健康効果を期待して摂取する食品の製造を行う会社としてはあるまじき初歩的なミスであった。

 食品業界の会社としては最も怖い事件の一つがこのような回収騒ぎであるので、そのようなことのないようにと注意を促した業界紙の社説(通販新聞8月4日付け)が書かれた。ところが、社説にはGMPに関して大きな誤解を招くような内容が記載されている。この社説と同じような考え方でGMPをとらえている会社が実際のところは多い。

 その社説の問題の部分を引用すると『また、健食には品質確保を目的とする業界自主基準「GMP」があり、F社および協力工場共にこれを取得していた。それでもミスは発生した。GMPもリスクをゼロにするものではなく、事前予測には限界もある』とある。この文章から受けるイメージは例えGMPを取得していたとしてもこうした事故は防ぎえないとの印象である。しかし、これは非常に誤った短絡的な見方である。

 前述したように、医薬品の世界ではF社が今回起こしたような事故はめったに発生しないのである。しかし、現実にGMPを取得しているF社の製品の中に他社の製品の原料が混入していたという事故が発生した。この社説の記者は、これをGMPの限界ととらえたようである。しかし、GMPの本来の大きな目的部分である品質管理が現実にできなかった時にGMPを取得していてもミスは防ぎえないと片づけることには問題がある。少なくとも何故GMP認証がなされていたにも拘わらずミスが発生したかの検証が必要になる。

 この問題に関しては小生の別の記事に書かせていただいているが、要約すれば次のようなことになる。すなわち、健康食品GMPの認証に関して日本では現在2つの認証団体が存在しているが、この認証の在り方にかなり差があり、片方はごく基本のところが良ければ、かなりの部分が書類審査的に行われて認証されるので取りやすく、もう一方はFDAの規範に近い形で行われているので原材料製造段階からかなり厳しく立ち入り審査されるとのことである。そして、F社もその下請けの業者ともに取得しやすい方のGMPを取得していた。

 ここで明らかに推測されるのは、このF社の事件の場合、GMPの限界としてこのミスが発生したのではなく、GMPを取得していてもその規範のレベルと、それに準拠した製品管理が行われていなかったことを問題とすべきである、ということ。従ってGMPの限界ではなく、F社およびその下請け会社が取得していたGMPの規範の質的なレベルの問題とその会社のGMPへの対処の姿勢を問題としなくてはいけない。

●健康食品問題では後進国に入る日本

 前述のように、日本には2つの認証団体が存在し、行政側は「とりあえずGMPを取得する方が良い」位の指示しか出していない。そのために、多くの健康食品メーカーは単に認証を取ればいいんでしょ、という意識でGMPをとらえている。そのために費用がかからなくて取りやすいGMPに流れることになる。実際に取得しやすい方の認証を取得している企業の数は、FDA基準を目指している認証を取得している企業数の3倍位ある。そして、FDA基準を目指している方のGMPを取得している会社は真の意味で品質にこだわり持っているか、輸出を中心に考えている企業がほとんどのようである。

 米国でcGMPが義務づけられたことから、東南アジアにおける近隣諸国でもGMPへの関心が強くなっている。従って実際に日本の業者が香港等に輸出をしようとする時、GMPが求められている。ところが、日本においては保健機能食品(特定保健用食品と栄養機能食品)を除いては“いわゆる健康食品”という名称が与えられて、法的には食肉や野菜と同じ扱いになっている。そのため、諸外国でハーブだとかダイエタリーサプリメントとして法的に定義されているものに該当する健康食品を扱うのに日本では決まった法的な規制が何もないのが現状である。このことは、健康食品業界にとって大きな問題である。

 そして、最近特にヨーロッパを中心としていわゆる健康食品の効能効果に関して販売禁止措置を含む厳しい状況が発生してきている。この問題は稿を改めて取り上げる予定であるが、こうした諸外国の情勢を見ていると、東南アジアも含めての全世界の中で日本は孤立状態と言っても良い位遅れている。F社の起こしたGMPをめぐる不祥事をきっかけに、小生も主宰させて頂いている健康食品管理士認定協会の活動を通して日本の健康食品業界の在り方に大きな危惧を感じている。

 いずれにしても消費者は、健康食品に関しては、本当に健康に有用であるのかという疑問と共に、もし有用なら品質のしっかりしたものを購入したいと考えている。その品質の確保のためには、現状のように複数の認証機関ではなく、医薬品のように一本化したしっかりしたFDAの要求を満たすレベルのGMPに関する整備がなされて欲しいものである。

執筆者

長村 洋一

藤田保健衛生大学で臨床検査技師の養成教育に長年携わった後、健康食品管理士認定協会理事長に。鈴鹿医療科学大学教授も務める

多幸之介先生の健康と食の講座

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