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松永和紀のアグリ話

番外編●吉川泰弘・東京大学大学院 教授にBSE問題、食品安全委員会の委員人事不同意について、とことん聞い てみた(2)

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2009年7月24日

立法府が介入す る図式を、だれ も想定していな かった
松永:BSE(牛 海綿状脳症)のリスク評価は、科学的な困難が非常に 大きかったわけですが、専門調査会は 「米国・カナダに関するデータの質・ 量ともに不明な点が多いこと、管理措 置の遵守を前提に評価せざるを得な かったことから、米国・カナダ産牛肉 と国産牛肉のBSEリスクの科学的同等 性を評価することは困難と言わざるを 得ない」としながらも、日本向けプロ グラムが遵守されると仮定した上で 「米国・カナダの牛に由来する牛肉等 と我が国の全年齢の牛に由来する牛肉 等のリスクレベルについて、そのリス クの差は非常に小さいと考えられる」 とするリスク評価書案をまとめました。
 その後、食品安全委員会の7人の 委員が議論の末にそれを認めて、正式 な評価書として厚労省と農水省に答申 しました。リスク評価機関として、責 任を果たしたわけです。そして、リス ク管理者である厚労省と農水省は、米 国産牛肉の輸入再開という決断をしま した。
 ところが、野党議員はそれを、リス ク評価者である食品安全委員会、しか も評価書案を作ったにすぎない専門調 査会座長の責任としたのです。これ は、だれが考えてもおかしいことで す。

吉川:リスク分析を導入した時に、リ スク評価という新しい内閣府の独立し た組織、リスク管理者である行政、両 者を結ぶ消費者や食品関連業者などの ステークホルダーという3つの要素で 動かすという図式が説明されました。 私たち科学者もそれを信じ、リスク管 理者からいかに独立して評価するか、 すみ分けを議論してきました。立法府 が介入するという図式をまったく想定 していなかったのです。

 でも、本当は立法府の意思表示がは じめからあったわけで、いろいろなこ とを決めてきている。全頭検査を決め たのはリスク管理者ではなく国会でし たし、若年齢の検査の見直しにして も、明らかに立法府と行政府は違って いた。3年間の全頭検査延長を決めた のは国会ですが、そのあとになって20 カ月齢以下の検査廃止のリスクを諮問 してきたのはリスク管理機関です。リ スク管理機関は国会の決議に疑問を もっていたのかもしれません。でも、 最初のリスク分析の図式が評価と管理 とステークホルダーの3つしかなかっ たので、リスク評価機関として管理機関から独立し、介入をさけることだけ に注意を向けてしまったのです。

 政策決定の中には、立法府という別 の利益団体がいて、そこは科学的評価 とは違うイデオロギー、政治信条でさ まざまなことを決定する。その違い を、食品安全委員会は理解できていま せんでした。

松永:現在、国内のBSE対策について は、国際的なスタンダードと行政が決 めたもの、地方首長が決めたものな ど、いくつものスタンダードが、それ ぞれの立場で動いてしまっています。 こういう状況において、リスク評価が 持つ意味はなんなのでしょうか? リ スク評価はなんのためにあるのでしょ うか?

吉川:もともと食品安全委員会は、行 政的な思惑ではなく、科学的な根拠を 持って、リスクに対応していこうと発 足した組織です。そのリスク評価を受 けて具体的にどう対応しようかと考え るときには、さまざまな事情を考慮し なければならないことは十分に理解で きます。国内事情、国際事情、政治家 の思惑。いろいろあります。そこに、 リスク評価者として異論を挟むわけで はありません。しかし、リスク評価自 体を批判し否定するのなら、科学的な 根拠を示してもらわなければなりませ ん。一定の価値観に基づいて科学的か どうかを評価するのは、戒めてもらわ なければなりません。

プリオン専門調査会の座長を退きたい と考えた理由
松永:新聞などの報道によれば、先生 は専門調査会の座長を退きたいということですが。

吉川:僕自身が困ったのは、今専門調 査会で行っている「自ら評価」にどう 責任を持つか、ということなのです。 試行錯誤の中で、BSEの持つリスクを 検討して、国内の見直し、米国、カナ ダの評価と続けてきました。その後 に、オーストラリアやメキシコなど、 日本に牛肉を輸出している14カ国の評 価を続けています。これは、リスク管 理機関から諮問を受けて検討している わけではなく、食品安全委員会が、主 体的に評価が必要だとして行っている 「自ら評価」です。もし、米国産の牛 肉に関するリスク評価の科学性が否定 されれば、14カ国に対してやってきた 分析も放棄しなければなりません。

 これまで、行政とは独立して各国に いろいろな質問状を送り回答してもら うということを繰り返しています。各 国は、日本の評価が科学的に正当だと 思うからこそ、応えてくれています。 専門調査会が行ってきた評価は、国際 的に認められているわけです。ところ が、それが立法府によって根底から否 定された。

  専門調査会としてどうしたらいいの か? 僕には分からないのです。予測 しない事態が起きたときは、止めて考 えるしかない。今の評価を続けること がいいのか悪いのか、考えようと思い ました。

 最初に思ったのは、否定されたまま で同じ人が座長としてやるのでは、諸 外国に対して説明責任を果たせないと いうこと。そのため、座長を辞めたい と事務局を通して食品安全委員会に伝えました。当時の見上彪委員長から は、「はい、そうですか、というわけ にはいかない。早急に結論を出さなく ていい。時間をかけて冷静に考えてく れ」という返事でした。そこで止まっ ています。こうすればいいんじゃない か、という案は、僕の中でも、まだ、 うまく整理できていない。

  ただ、日本学術会議の金澤会長もコ メントを出し、食品安全委員会の旧委 員長と現委員長も、科学評価に対して こういった介入を行うのは正しくない という意見を述べてくれました。そう なると、14カ国の評価は自分たちでや ると取り組んだテーマなので、中途半 端で放り出すというのもよくないかな あ、とも思っています。

松永:先生が座長を退くと、食品安全 委員会が今までのリスク評価の間違い を認めたと誤解されてしまうのではあ りませんか?

吉川:そういう意見もありますね。座 長を続けろという人の中には、そんな ことを言った人もいました。自分とし ては、14カ国に対して決着をつけない と、食品安全委員会自身が国内、米 国、カナダ以来やってきたこととの整 合性をとれなくなってしまうという気 持ちが強いです。

  誤解のないように言うなら、米国、 カナダの分析をしている時に、リスク 管理側、少なくとも小泉純一郎首相、 島村宜伸農水相は1年間、まったく介 入しませんでした。その後にとった態 度が立派だったとは思いませんが、メ ディアは米国の事情を勘案してとか、 大統領選挙の前に答えが出るなどと報道しましたけれども、実際にはそんな 介入はありませんでした。食品安全委 員会の結論が出るまで、粘り強く待っ てくれました。当時の行政サイドは、 食品安全委員会を買っていたと思いま す。

国内だけを見る政治家、国際関係まで 視野に入れているリスク管理機関
松永:管理側が介入しないという状況 は、今も同じですか?

吉川:僕は、今も変わっていないと思 います。その最大の理由、いや、国会 と行政の大きな違いは、スタンスの違 いなんだろうと思います。国会は、主 に国内だけを見ている。一方、農水省 や厚労省は国際的な関係も見ている。

 農水省も厚労省も、物流は国際的な やりとりであり、2国間のスタンダー ドがずれた時に大きな問題が生じるこ とを分かっています。どちらの国も、 ダブルスタンダードをとりたくはない ので、不満を持った方がWTOに提訴し ます。そして、どちらが正当なのかは ひとえに、リスク評価した科学者の科 学的正当性にかかっています。彼らは それを知っている。

  全頭検査済みの肉以外は安全ではな い、と日本が全頭検査を米国に要求し た時に米国が最初に表明したのは「そ れは、科学的に正当でな い:unjustifiedだ」ということでし た。国際的に見ても、科学的に正当で ない、というのが最初の反応でした。 国際流通の中でのゴールデンスタン ダードを科学的正当性に置く。牛肉に 限らず、貿易製品すべてそうです。農 水省や厚労省の役人は、国内だけではなく国外を視野に入れてすべてを決め る必要があります。

 食品安全委員会を6年間やってき て、自分の経験から見直してみると、 最初に対立していたように見えて棲み 分けをはっきりさせようとしたリスク 評価機関とリスク管理機関は、意外に シンクロナイズするところがあったの だなあ、と思います。

 本当に対立していたのは、国政、地 方の政治、立法府であったのかもしれ ません。リスク管理機関との対立が一 番華々しく取り上げられたけれども、 冷静に考えてみると、ちょっとずれて いたのかもしれないなあ、と思いま す。

 ただ、リスク管理機関は、うまく責 任逃れをした部分もあります。最初 は、評価も管理もやり、行政がすべて を背負って生産や流通など関係者とや り合い、政治的な決着も自分たちで考 えてやっていた。ところが、リスク評 価機関という独立分野ができた。そこ で、半分の責任については、見事に逃 げたわけです。場合によっては、すべ ての責任を放棄したようにも見えて、 何人かの専門調査会委員は怒ってしま いました。

 何度も言うように、リスク管理は、 多くの要素をからめて行わなければな りません。単純な科学的評価だけでは すまない。したがって、評価を受け て、最終的にこういう選択をする、と いう説明責任を負うべきです。でも、 リスク管理機関は説明責任を放棄した 部分があります。

 彼らは、リスク管理に国際的な基準 との整合性を持たせたかった。でも、 国会決議は違います。そこで、理論武 装して 国際的な基準と一致させるため に、食品安全委員会を使おうとした。 その意図を、彼らはおくびにも出さな かったので、食品安全委員会は困り果 ててしまったわけです。

 ともかく、リスク管理側は実は、科 学的評価を十分に尊重していました。 端的に言えば、リスク管理側は最初か ら最後まで、検査は月齢30カ月以上で いいと思っていたのではないでしょう か。それをねじまげたのは国会、そし て地方自治体の首長です。彼らは、国 内を向いていました。

<インタビューして 松永和紀>
 現在のBSE検査では若齢牛のプリオ ン検出は難しいというのは、極めて単 純な科学的事実である。全頭検査は、 BSE問題に対応した“ふり”をするため の措置、つまりポーズであり、それに 中央や地方の政治家が乗った。もう一 つ、消費者団体の一部も、活動してい るふりをするためか、「全頭検査」を 強行に主張し、今も主張し続けてい る。そして、リスク管理機関はおそら く、全頭検査の無意味さを十分に分 かっていたはずだが、その流れに逆ら えなかった。
 その結果、今もまったく無駄な全頭 検査が自治体の負担によって続けられ ている。私たちの税金も意味のない検 査に使われていることに、多くの消費 者は気付いていない。

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