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松永和紀のアグリ話

番外編・吉川泰弘・東京大学大学院教授にBSE問題、食品安全委員会の委員人事不同意について、とことん聞いてみた(4)

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2009年7月29日

リスクの変動に 応じて、管理措 置を変えていく
松永:リスク学 の中西準子・独 立行政法人産業技術総合研究所安全科学研究部門長 が、「米国産牛肉の問題は、科学的な リスク評価の課題としては簡単な部類 に属する」とご自身のウェブサイトな どで書いておられるのですが、どのよ うにお考えですか?

吉川:僕は、それほど簡単な問題では ないと思っています。日本で、 BSE(牛海綿状脳症)のリスクが最も 高かったのは、疫学的に1999年から 01年にかけてだと思いますが、日本人でのリスクの結論は、科学的にはまだ 出ていない。潜伏期間が10年から15 年ありますから。01年から講じたリス ク管理措置が有効であったかどうか は、これからやっと評価できるように なります。それを先取りして評価する というのは、端で見るほど楽なことで はなかったのです。当時の論文を読む と、英国でこれから最低30万人の死者 が出ると予測したものもあります。 やっぱり、プリオンという存在の不思 議さを知らないと、評価の不確実性も 実感できないのでしょう。

米国では、牛肉を毎日食べているの だから大丈夫じゃないか、と言う人が います。これは、科学的にはおかしい んです。武部(勤、元農水大臣)さん が国産牛肉を食べるパフォーマンスを したことを笑った人は、「米国人は、 毎日食べているけれど大丈夫」と言っ ている人も笑うべきです。10年、15 年たたないと、本当の結果は分からな い。プリオン研究に大きな不確実性が ある以上、予防原則を評価の中に組み 込んでおくべき、というのが僕自身の 考えです。過敏になりすぎても困るけ れども、楽観論になる根拠もない。

松永:ただ、EUで管理措置の有効性を 再評価し、有効性が少しずつ確実なも のになってきています。EUのようにリ スクの減少に合わせて、管理を変えて きているところは、きちんと見習うべ きですね。

吉川:リスクの変動に応じて、措置を 変える必要があります。ところが、日 本では、変えられない。日本人の性格 的なものもあるし、システムの問題も あるでしょう。化学物質は、1日の摂 取許容量(ADI)が決まれば変化することはまずありません。しかし、感染 症は放っておけばリスクはいくらでも 高くなるし、適切に対応すれば小さく なる。

日本では、リスクが上昇している時 に管理措置のレベルを上げることに は、だれも文句を言いません。しか し、リスクが下がってきたので緩め る、ということができない。緩めると きには、みんなが責任をとらなければ ならなりません。リスクを評価する人 も管理を緩める人も、受け入れる人 も。日本人はこれが苦手。誰かが、責 任を全面的にとってくれるなら、それ でもなんとか動きますが、BSEのよう に、わけの分からないもの、自分は責 任をとりたくないという時には、難し い。

それに、プリオン対策は時間的なズ レ、タイムラグが大きいのです。イン フルエンザのように、有効な対応をし たら数週間で患者が減るとか、SARS であれば、短期間で回復したらもうウ イルスを排出しないとか、すぐに結果 が出ればまだ、管理措置を変えやす い。ところが、プリオンは、6~7年し てやっと半分分かる、というような状 態ですから、リスクレベルの変化に応 じて管理措置を変えるというのは非常 に難しいです。責任回避論が横行する と、半永久的に変えられない危険性も あります。

松永:どうして日本は、こうなってし まったのでしょうか?

吉川:リスク管理側は、責任をたらい 回ししていますが、実は消費者もそう なんですよ。自分で判断してリスクをそれなりに考えて受け入れるか受け入 れないか決める、ということが苦手。 なんでもかんでも国が決めてよ、決め ない国が悪い、と責任転嫁をしてしま う。

 でもそれは、リスク評価者も同じな んですよ。評価はするけれど、その後 は管理者が責任を持てよ、評価をした だけだよ、その後は対応しないとして しまう。管理者側がさぼっていても、 それ以上、主張を続けない。1回評価 すると、なかなか再評価を自ら進んで しない。責任をとろうとしない。自分 たちにとって大変なことなので、避け たいという気持ちも分からないでもな いです。言い出した者が貧乏くじを引 くことになってしまうので。

日本のリスク分析の仕組みは、世界で 唯一。興味を持たれている
松永:リスク評価機関と管理機関が完 全に分かれた組織になっている点に問 題はありませんか。日本のように、そ れぞれ独立した組織でリスク分析を動 かしている国は、ほかにありません。 この仕組みによって、リスクの変化に 応じた管理措置の変更という機動性が 失われているのでは?

吉川:確かに、欧米でのリスク分析の 主役は必ず、リスク管理者です。管理 者がデシジョンメーキングをするに当 たって、リスク評価を考慮しなさい、 と書いてある。独立して、リスク管理 機関と評価機関を分けろと書いてある わけではありません。

 でも、進化論を見ても分かるよう に、一極よりも二極の方がずっと進化 が早い。消費者庁ができると三極になるわけで、もっと進化が早くなるので はないか。日本はずっと面白いものを 作れるのではないか。

  欧米の関係者と議論していても、日 本の仕組みはとても面白がられます。 リスク評価は全部公開なんて、ほかの 国はやっていない。彼らは、情報の透 明性が必要だと口では言っても、実際 にはやっていないんです。だから、日 本のやり方にびっくりする。本当にで きるのか、尋ねてくる。でも、なんと かかんとか、食品安全委員会はやって きました。

 委員も、話した言葉通りに議事録に 残ってしまうストレスを抱えながら、 しょうがないとしてやってきました。 試行錯誤です。これからつぶれるかも しれないし、欧米にない構造が育つの かも。僕自身は、面白がっています。

  リスク変化に応じた管理措置の変更 を迅速にできないのは、端的に言う と、管理機関が決断しないからです よ。本当に変えたいと思うなら、諮問 すればいいだけです。
これから、日本もBSEに対する管理 措置を緩めることを検討していかなけ ればなりません。日本は今年、国際獣 疫事務局(OIE)が規定する「管理さ れたリスクの国」になりました。今の ままでいくと、13年のOIEによって 「無視できるリスクの国」ということ になります。これが承認されると、も う SRMも定義上存在しない。除去な ど必要なくなります。では、今の規制 をどうするか? 管理機関側が提案し て、議論していかなければなりませ ん。国民に対する「説明と同意(インフォームドコンセント)」を得なけれ ばなりません。

未だに不可解、息長い研究が必要な BSE
松永:未だに地方自治体は全頭検査で すし、野党はリスク評価を理解してい ないようだし、緩める議論は難しそう ですね。

吉川:でも、評価者も管理者も、消費 者も、そういう経験を積んでいかない と。危機管理は何のためにあるのか。 持続的な社会を維持するためにするも のです。危機に応じて管理レベルを上 げるのは、馬鹿でもできるでしょう。 危機が去った時には管理を緩めること ができないと、次から次へと予算を注 ぎ込まなければならず、持続的な社会 を壊すことになります。上げっぱなし は危機管理ではありません。上げて下 げられないと。ソフトランディングが 必要です。

 日本人は、上げるのは好きだけど、 下げるのはできない。これから、悩ん でいかなければなりませんね。説明せ ず、責任もとらないまま、気がついた ら誰もやっていない、というやり方で は、もうだめでしょう。そういうこと に慣れていかなければならない。

 一方で、BSEはやっぱり、不可解で 息長く研究していかなければならない 感染症です。日本では今はもう、みん な忘れはじめていますが、スペインや アイルランドではBSEはまだ収まって おらず、感染牛がかなりの数出ていま す。フランスでは、英国とは違った変 異型CJD(vCJD)の発生パターンを とっていますが、この研究も進んでい
ない。

 それに、非定型のBSEの問題もあり ますよ。BSEは、何らかの理由により 英国で発生し、英国で流行し、感染牛 の肉骨粉などが飼料として利用された ことによって拡大し、人にも移ったと いうシナリオに基づいて、これまでリ スク分析をしてきています。ところ が、この何年か、ウエスタン・ブロッ トのパターンが英国で出たBSEとは異 なるBSEが、各国で見つかり報告され ています。これが非定型と呼ばれるも の。これに関するデータは少なくて、 高齢牛で10万頭に1頭出るのか、100 万頭に1頭出るのかもよく分からず、 リスク評価が今のところできません。 でも、その1頭のBSEプリオンがまた 飼料や食肉に混じるリスクも考えなけ ればなりません。

 こういうことも、プリオン専門調査 会でこれまで調査し、議論してきまし た。多くの問題を地道にフォローして いかなければならないのですが、多く の人が忘れてしまっている。
  したがって、それは困ると言い続け なければならない。人の病気も含め て、過去形で語れるようになるにはま だ、相当に時間がかかります。

松永:英国発祥のBSEは、リサイクル のシステムの中で、問題が拡大しまし た。リサイクルには、やっぱりリスク があります。でも、多くの人がBSE を あれだけ批判しながら、各種のリサイ クルは「環境にやさしい」などと褒め そやし、どんどん進めています。どう 考えますか。

吉川:肉骨粉にしてリサイクルするシ ステムは、プリオンが入ってこなけれ ば画期的でした。人がよかれと思って やったことで、想定していなかったも のが出てくる。おそらく、血液製剤と エイズの関係も同じでしょう。血液製 剤も、HIVウイルスが混ざらなけれ ば、毎日注射しなくてもすむ画期的な 医薬品になったはずなのです。しか し、それほど人は利口ではない。なに もかも科学的にわかっているわけでは ないということでしょう。わかった ら、1つずつシステムを変えていくし かない。

  こういう話をすると、科学者が暴走 して自然の摂理を無視する暴挙に出て いる、それみたことか、という意見が とかく形成されてしまうのですが、人 類の歴史は自然を克服し、自然が作っ た物を壊し利用し続けてきたのです。 そんなに結論をすぐに出せる話ではな い。

  これから再生医療が始まって、駆け 足で盛り上がって、でも、10年後、 20年後には、なんてドジな戦略をとっ たのだろう、寝ていた細胞を起こした お前が悪い、という非難を浴びるかも しれません。今のサイエンスはそうい う危険、大きな影響力を持つように なっている。そう考えると、調和した 社会を作っていくのはそれほど簡単な ことではない、と思います。

 誰もが言う通り、20世紀の100年間 は、科学が異様な進み方をしました。 どの程度のブレーキをかければソフト ランディングできるか、誰も分からな い。人がずっと悩んでいかなければな らない根の深い話なのだろうと思いま す。

<インタビューを終えて 松永和紀>
個人的な話だが私は、インタビュー してもテープ起こしをすることはまず ない。聞いた時にインパクトがあって 鮮明な記憶として残るような内容を盛 り込まないと、興味を持たれる記事に なりにくいからだ。したがって、イン タビューを録音してもポイントを確認 のために聞き直す程度である。

  だが、吉川教授に話を聞き、その幅 の広さ、深さに引き込まれた。「これ は、全部テープ起こしをして多くの人 に読んでもらうべきだ」と思った。だ が、BSEや食品安全委員会の話からず れたところを割愛しても、原稿にする と1万3000字あまり。長い! どう しよう? 幸いにしてFood Science が快く応じてくださり、4回に分けて 公開することができた。編集部に感謝 したい。

  BSE研究の難しさ、これからも研究 に注意を向け進展を見守っていくこと の重要性は、読者にも十分に分かって いただけたと思う。同時に、食品のリ スク評価という“複雑系”に挑む大勢の 科学者たちの悩みと真摯な姿勢を、吉 川教授の姿を通して感じてもらいた い。

  複雑で難しいだけに、食品安全委員 会のリスク評価に間違いも出てくるか もしれない。時を経たからこそわかる 誤りもあるかもしれない。「食品安全 委員会のリスク評価を再評価する場が あっていい」という視点も、吉川教授 は持っている。それを担えるのは、ど のステークホルダーなのか? そもそ も、リスク評価機関と管理機関を完全 に別組織として運営するやり方で、現実の日々変わっていくリスクに対応 し、一般市民に情報を伝えていくこと ができるのだろうか? 私はまだ考え をまとめきれていない。日本型の「食 のリスク分析」はまだ、始まったばか りなのだ。

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