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松永和紀のアグリ話

セイヨウオオマルハナバチは悪いのか?

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2004年4月28日

 今国会で審議されている「外来生物被害防止法案」をご存知だろうか。国が、生態系を侵すなどの理由で「特定外来生物」として指定した生き物について、輸入禁止や飼育制限、駆除などを行えるようにしようという法案だ。多くの人はバス類やアライグマなどを思い浮かべるようだが、問題となっている外来生物の中に実は、日本の食卓と密接なかかわりを持つ生き物がいる。トマトやナスの授粉に使われるセイヨウオオマルハナバチだ。

 セイヨウオオマルハナバチについては、生態学者が「在来のマルハナバチや植物に悪影響を及ぼす」と指摘している。問題は非常に複雑なのだが、今回はひとまず、セイヨウオオマルハナバチがいかに私たちの食に貢献しているか、という見地から紹介したい。

 昔、野菜や果物が旬の時期に露地栽培された頃には、風や虫が花粉を運んでくれた。しかし、季節外れの野菜が要求されハウス栽培が始まると、誰かが受粉作業を行わなければならなくなった。イチゴやメロンなどには、養蜂家が飼うミツバチが利用された。しかし、蜜を分泌しないトマトやナスの花では、ミツバチは働かない。そこで、農家は花ひとつ一つにホルモン剤をかけて着果を促進していた。いわば疑似妊娠をさせるようなものだ。

 だが、マルハナバチはトマトの花で花粉だけを採集し、花から花へと飛び移って結果的に受粉作業をしてくれる。この性質に気付いたベルギーの研究者は、1980年代にセイヨウオオマルハナバチの増殖を試み成功。日本でも、92年から本格輸入が始まった。

 現在では輸入のほか、国内で増殖させるメーカーもあり、女王蜂と働き蜂がセットになったコロニーを販売している。流通量は毎年、前年度比2割増で、2003年には6万9000コロニーが流通した。農水省は、トマト栽培農家の約32%(01年)が使用していると見ており、冬から春に栽培されるトマトでは普及率は7割に上る。

 国内で増殖を手掛けている企業、アピの養蜂部係長、米田昌浩さんは、マルハナバチ利用の特徴として、3つの「安」を挙げる。

(1)減農薬=安全
 ホルモン剤は農薬の一種であり、これを使用せずに済む。それだけではなく、殺虫剤は使えない。他の農薬も下手に使うとセイヨウオオマルハナバチに影響し働きが悪くなるので、農家は農薬全般の使用回数や時期などにも細かな注意を払うようになる。結果として、減農薬につながる。

(2)品質向上=安心
 ホルモン剤で着果促進すると、数日後に一気に実が肥大してくる。一方、マルハナバチによる自然受粉はゆっくりと実が太り、形が安定し中の空洞がなくなり、ビタミンCの濃度が上がるという。

(3)省力化=安価
 ホルモン剤を農家がひとつ一つの花に散布する手間が省けることにより、米田さんは全国規模で約120億円の省力化となっている、と試算している。

 このセイヨウオオマルハナバチ問題で特筆すべきは、アピを始めとする販売企業の姿勢だと思う。企業自らが在来生態系への影響についての研究に着手。生態系リスクを極力小さくしながら上手に利用しようと模索を続けているのだ。

 まず、セイヨウオオマルハナバチではなく在来種を受粉に使えば良いだろうと考えた。97年度、企業数社が社団法人農林水産先端技術産業振興センター(Staff)の委託事業の形で、在来種の生態や増殖に関する研究をスタート。その結果、ある企業は「国内には14種の在来種がいて、九州から北海道まで地域分布している。在来種1種を増殖して全国に販売すれば、それも結局は他地域にとっての移入種になる」と考えて、販売を見送った。一方、別の企業は99年から在来種を、販売地域を制限して売り始めた。

 さらに、販売企業間で一致したことは「とにかく、マルハナバチがハウスから逃げ出さないようにしよう」ということだ。主要企業6社は現在、「マルハナバチ普及会」という組織を作り、ハウスにネットを張ることや、使用後のコロニーは焼却したり殺虫剤で処分するように、農家に要望している。平行して、一部企業は生態系への影響研究を、さらに進めている。

 実際には、働き者だったハチを殺すのは忍びない、という農家がいる。ネット展張は農家にかなりの費用負担を強いることになり、ハウス内の温度調節がしにくくなるなどの欠点もあるため、いやがる農家も多い。企業は、顧客である農家を粘り強く説得していくしかない。

 しかし、科学的なアプローチを目指す企業努力を聞くと、持続可能な農業を構築しようとする業界の「新しい風」を感じる。目先の利益を追うのでなく長期的かつマクロな視点を持って、生態系をなるべく侵さず農薬の使用量を減らし環境へのトータルリスクを最小にしよう、と考えている。

 法案は、今国会(6月16日まで)で成立する見込み。特定外来生物が具体的に決まるのはその後だが、セイヨウオオマルハナバチは輸入禁止には至らずともネット展張など厳しい飼育条件が法的に課されると予想されており、農家は反発している。ここしばらくは議論が続くだろう。

 「生態系保全」と「食の安全」と「経済効率」……。どのように整理され、どこに妥協点が見出されていくだろうか。食のプロの皆さんにも、ぜひ関心を持っていただきたい。(サイエンスライター 松永和紀)

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