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松永和紀のアグリ話

無農薬、減農薬農産物が店頭から消える

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2004年6月2日

 「もう、無農薬で栽培できなくなりました」—-。知人の農家から電話がかかってきた。とても真面目に環境や食品の安全性について考え、誠心誠意、無農薬農業に取り組んできたあの人がなぜ? 原因は4月に改正施行された特別栽培農産物の新表示ガイドライン。種子消毒(種子を農薬で処理すること)を巡る解釈が、真面目な彼を窮地に追い込んだらしい。無農薬栽培農家をつぶしてしまう特別栽培農産物制度とは……。

 これまで、農産物の栽培方法は、化学農薬や化学肥料の使用方法などによって3つに大別されてきた。(参照:農水省の「特別栽培農産物に係る表示ガイドライン」ページ)

【慣行栽培】化学農薬や化学肥料を、一般的な回数使用
【特別栽培】農薬や化学肥料を一定の基準以上減らしたり、不使用で育てる。できた農産物を「特別栽培農産物」と総称し、店頭では「無農薬栽培農産物」「減農薬栽培農産物」などの表示で売る。ただし、無農薬や減農薬、減化学肥料は、その農産物の栽培期間だけのもので、持続的な取り組みは意味しない。また、第三者の認証も必要なく、自称表示でよい。
【有機栽培】3年以上(多年生の果樹などの場合)、化学合成農薬や化学肥料を使っていない農地で栽培されたものを有機農産物という。第三者機関に数万〜20万円程度の費用を払って認証を受けないと表示できない。

 農家にとって、有機栽培は金銭的にも技術的にもハードルが高かった。一方、特別栽培農産物は、取り組みやすく消費者の食の安全志向にもマッチして高値につながる。さらに、有機農産物と無農薬栽培農産物を同じ店頭に並べると、消費者が分かりやすい「無農薬栽培」という表示を、有機農産物よりも「安全」「高品質」と受け止めて好んで買う現象が最近は目立っていた。そのため、農家の特別栽培農産物志向は強かった。

 これに対して、有機農業団体や消費者団体などから「無農薬は有機より優良であるという誤認につながっている」という批判が噴出。農水省は、特別栽培農産物の表示ガイドラインを昨春改正し、今年4月から施行した。

 新表示ガイドラインでは、消費者を惑わす「無農薬栽培」「減農薬栽培」「無化学肥料栽培」「減化学肥料栽培」などの表示は、全部禁止。一括して特別栽培農産物と表示し、その近くに農薬などの節減割合も記すことになった。例えば「農薬:栽培期間中不使用」という具合だ。これは、無農薬栽培を意味する。

 さて、種子消毒の件である。種子消毒は、農業現場では極めて重要だ。伝染性の病害を防ぐには、感染の元を絶つのが最も効果的。種苗会社は、技術を駆使して種子を農薬で処理して消毒し、その後の栽培での農薬減らしに貢献してきた。しかも、種子消毒なら薬剤の使用量は少量であり、大量の種子を一括処理できるため、使用後の農薬処理も行いやすい。農業の環境負荷を減らす大切な技術と見なされている。

 ところが、特別栽培農産物の新ガイドラインでは、これまで不問だった消毒種子の使用が、栽培期間中の農薬散布などと同様に「農薬使用1回」に数えられることになった。複数の病気に対応するために、種子を2つの農薬で処理していれば、「使用2回」になる。どれほど使用量が少なくても、使用は使用、というわけだ。

 これが、多くの農家に無農薬栽培を断念させることになった。なぜならば、現在市場に出回っている種子のほとんどが、稲を除き消毒済み。普通の農家が消毒していない良質の種子を手に入れるのは、かなり難しいからだ。しかも不思議なことに、有機農業では、消毒された種子を使っても有機農産物として認証を受けられる。消毒していない種子の入手が困難、買えても極めて高価、自家採種も難しいーーなどの現実に対応した判断らしい。

 なぜ、有機農業は現実路線で、特別栽培農産物は杓子定規なのか。なぜ、種子消毒における微量使用と、成長した作物に対する農薬散布が、同じ使用1回なのか。あまりにも非科学的な制度に、農家はバカバカしさすら感じ始めている。今まで、無農薬栽培に努力してきた農家が「どうせ、タネを播いた段階で農薬不使用の表示を出来なくなるのだから、その後にいくら無農薬の努力をしたところで、農産物に高値はつかない。無駄もいいところ。ならば、さっさと農薬も使ってしまえ」と思っても不思議ではない。

 ほかにも、特別栽培農産物の新ガイドラインは、理解しにくい項目が多い。化学肥料の窒素成分量表記や、性フェロモン剤、天敵農薬、特定防除資材の使用表示、県ごとの基準の変更など、農家も対応に苦慮し、消費者はもはやお手上げ、解読不能だ。案の定、4月以降、店頭から特別栽培農産物は消えてしまった。

 これはいったいだれのため、何のための表示なのか? 制度としての正確さ、整合性を追求する表示が、食料生産という実態を縛り、もの作りを危うくしている現実もあることに、もうそろそろ気付いてもよいころかもしれない。(サイエンスライター 松永和紀)

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