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松永和紀のアグリ話

より安全な残留農薬検査法を求めて〜宮崎のプロジェクトX

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2004年6月16日

 先日、宮崎県産の完熟マンゴー「太陽のタマゴ」をいただいた。贈答用として、この1、2年素晴らしい人気。甘くみずみずしく絶品だった。宮崎の農産物は味の良さだけでなく、独自の残留農薬検査法による安全性確保の取り組みも評価が高い。今や他県関係者から「宮崎方式」と呼ばれるほどだ。独自の安全策の陰には、研究者の新発想があった。

 宮崎の残留農薬検査法は、法律によって定められた残留農薬分析の公定法とは全く異なる。コーヒーからカフェインを抜いてカフェインレスコーヒーを作る時に使う「超臨界流体技術」を応用し、わずか2時間で200種類の農薬の残留量を検査する。法律で定められた公定法だと検査を終えるのに約2週間かかる。しかし、宮崎方式なら農産物の出荷前検査を行って、基準値を超える農薬が検出された時には、出荷ストップをかけられる。JA宮崎経済連は、この速さを生かし昨年度は3500検体を検査。大手量販店などから高く評価されている。

 新技術の開発の中心となったのは、県総合農業試験場流通科学科長の安藤孝氏。安藤さんによれば、きっかけは実は、県のため、消費者のためではなく、自分のためだった。1994年、工業試験場から異動し農業試験場で公定法による残留農薬分析を始めた頃、帰宅後に奥さんからよく言われたという。「顔色がものすごく悪いわよ」。自分自身、異常な疲労感を覚えた。すぐに思い当たった。「ああ、残留農薬分析に使う有機溶媒のせいだ」。

 公定法は有機溶媒を大量に使う。ドラフトという特殊な設備を使いなるべく吸い込まないようにするが、どうしても体に入る。それでも、研究者である自分は、残留農薬分析以外の仕事も多く、まだまし。だが、検査員は一日中分析しなければならないうえ、女性がほとんど。彼女らの負担は、大変なものではないのか? 有機溶媒の大量使用は、環境にも悪影響を及ぼすはずだ。しかも、これだけ苦労して分析しても、検査データをまとめて発表する頃には農産物は消費者のお腹の中、ではないか—-。そう考えた安藤さんは、新しい方法を検討し始め、すぐに超臨界流体技術に注目した。

 おそらく、工業試験場で全く異なる研究をしていたからこそ、異動で農業分野に飛び込んだ時に、農学研究者とは違うものの見方、新しい発想ができたのではないか。それを理解し、まだ海のものとも山のものとも分からなかった研究に予算を割いた県も立派だと思う。どうも、農業現場で残留農薬対策に取り組む県・営農指導課などが、強力に後押ししたようだ。

 安藤さんは、現場の期待を背に研究開発に必死で取り組み、98年、新方式を確立した。公定法に比べて所要時間は40分の1、有機溶媒の使用量は1000分の1。公定法に劣らない検査精度があることも確認した。県は経済連などへの技術移転を働きかけ、99年から、JA西都(西都市)で新方式を使った出荷前検査が始まった。01年には、県経済連が全県分の農産物の検査を行うセンターを発足させた。

 残留基準値をオーバーするなど問題のある農産物が見つかれば、その農家が同様に栽培していた農産物は全部廃棄してもらう。何が原因だったのか分析し、誤って散布したのか、隣の畑に使った農薬が飛んできたのかなどを突き止め、農家に予防策を講じてもらう。厳しさは、99年当時も今も変わらないという。

 一昨年に無登録農薬問題が起きた時、全国で大量の農産物の残留農薬検査が行われた。もちろん、有機溶媒が大量に使われ、多くの検査員が体の不調を訴えたそうだ。消費者の安全を守るために、検査員の安全が極度に侵されるというとんでもない結果になった。これでは真の「食の安全」対策は進まない。消費者の気分に合わせ、なだれを打って検査し、消費者の関心が薄れ次のターゲットに移れば、その検査はおざなりになる。宮崎方式がよいのは、だれも損をせず負担がかからないウイン・ウインの仕組みを、新技術で成し遂げたことだろう。だから、地道に長続きする。

 南国・宮崎は生産力が高い代わりに病害虫も多い。県や経済連は、減農薬運動も推進しているが、自ずと限界がある。農薬を上手に使い、技術の力でリスクを極力小さくしつつ、宮崎ならではのおいしいものを作る。大産地が目指すべき一つのあり方、と思える。(サイエンスライター 松永和紀)

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