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松永和紀のアグリ話

クイズ農薬ポジティブリスト—-導入で一番困る国は?

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2004年7月28日

 残留農薬のポジティブリスト制導入で、すべての農薬に規制がかかるようになった時、一番困る生産国はどこ?残留農薬たっぷりの「毒菜」から連想してアジアのあの国か、などと思うが、ポジティブリスト制に関しては実は、国内の農業関係者も戦々恐々。「これまで問題にならなかった国産農産物が、続々違反事例になってしまうかも」と不安が広がっている。

 理由は、農薬のドリフト問題。ドリフトとは、農薬散布時の飛散、漂流のことだ。国内と海外の農業で最も違うのは、農地の広さ。海外の農地は、あたり一面トウモロコシ畑、ダイズ畑が当たり前。一方、国内は、狭い地域に各農家の農地が寄せ集まって、様々な作物を栽培している。

 しかも、日本は高温多湿で病害虫が多い。農家は狭い畑でそれぞれの作物に使用してよい農薬を、細かく使い分けている。そのため、農薬を正しいやり方で使用しても、知らない間に隣の畑の農産物にかかり、検出されてしまうことがある。これがドリフト問題だ。

 例えば……。ある県の出荷団体が、農産物Aの残留農薬を検査したところ、使用してはならない農薬△△が0.05ppm検出された。またしても無登録農薬使用か? “犯探し”が始まった。まずは、農家の農薬使用記録を調べた。だが、使っていない。次に疑ったのは「散布用タンクに残っていたのでは?」ということ。農家が、ほかの畑でほかの農産物に使用した農薬が、散布用タンクの底に残っていて混じることが、往々にしてあるのだ。しかし、ほかの農産物にも使っておらず、農家がその農薬を購入した形跡もない。

 次に、その畑で以前に別の作物を作った時に使った農薬が、土壌中に残留してたのでは、と推理した。農薬の分解性が低い場合は土壌に残留し、次の作物が吸収蓄積し検出、という場合もあるのだ。だが、土壌分析の結果、農薬残留は認められず、この可能性も否定された。

 では、犯人は誰? そこで、当事者の農家ではなく、隣の農地を耕している農家に尋ねてみた。「△△を散布しなかったか?」。「そういえば、このあいだ、うちの畑の農産物Bに△△をまいたっけ」。犯人は、隣の農地から風に乗って飛んできた農薬だったのだ……。

 これは、ある県の方に聞いた実例である。ただし、このケースでの調査は農薬取締法違反の疑いによるもの。農産物Aに使用してはならない農薬△△の残留が検出されたから、不正使用が疑われたのだ。一方、現行の食品衛生法(残留農薬ネガティブリスト制)からみれば、農産物Aにおける農薬△△の残留基準値は設定されていないので、始めから問題にならない。

 同じケースが、残留農薬ポジティブリスト制(現在のところは、第一次案)に移行した時には、どのように扱われるか? 現行の食品衛生法による残留基準がない場合、登録保留基準やCodex基準などが、暫定基準として採用される。それもない場合は、一律基準値で判断されることになる。

 一律基準値を上回る残留量ならば食品衛生法違反、下回れば問題なし、である。一律基準値について、厚生労働省は「諸外国における取扱いを参考にする」と言っている。もし、ドイツなどと同じ0.01ppmと設定されれば、このケースでは残留量が0.05ppmなので、食品衛生法違反となる。

 ドリフトがどの程度の範囲で起きているか確認することは難しいから、同じ農地で栽培された農産物Aはすべて廃棄処分、ということになるかもしれない。一方、隣の畑で栽培されていた農産物Bは、農薬△△を使用して良いとされており、現行の食品衛生法では残留基準値が5ppmと定められている。つまり、Bは残留量4.9ppmでも問題なし、ところがAでは、残留量0.05ppmで食品衛生法違反となってしまい大量廃棄、となるのだ。AとBが同じ「葉もの」であったとしても、基準は基準、なのである。

 同様のケースは、意外なところでも発生するという。消費者が「作っている人の顔が見える」などと好んで買う直売所の野菜である。なぜならば、直売所の野菜は、お年寄りが狭い農地で多品目を少しずつ栽培している場合も多いからだ。ナスに農薬を散布したつもりが、隣の大葉にもかかって検出され、食品衛生法違反になってしまった—-などという事例が出てくるかもしれない。

 ドリフトの程度は、農薬が粉剤か液剤かなどの製剤方法や風速などによって大きく異なるが、50m〜100m飛ぶという報告もあるようだ。従って、国内の農薬関係者は今、ドリフト対策に懸命になっている。全農や日本植物防疫協会などは昨年、「ドリフト対策連絡協議会」を設立し、具体的な低減対策をまとめ配布している。散布時の風向きや風速に注意する/作物の近くから角度なども調節して適切に散布する/近隣作物の収穫に気をつけ、農家同士連絡を取り合う/近隣に遮蔽物を設置する—-などの内容だ。
参照:農薬散布技術情報

 今後、農家はドリフト防止に努めるだろう。だが、どんなに気をつけてもドリフトを100%防ぐことはできないのは自明のこと。問題は、消費者、流通販売側の姿勢だ。これまでのように「食品衛生法違反の食品は廃棄」という機械的な対処法は、制度に振り回されているに過ぎず、食べ物を祖末にするだけでなく国内の零細な農家に大きなダメージを与える。

 ポジティブリスト制は、先週 説明した通り、かなりの数の残留基準が、科学的には根拠のないものとなる。消費者本位の厚生保健行政を具体化するために慌てて制度を導入する以上、ある程度は仕方がない。ならば、違反事例はその理由、程度をじっくり検討して、捨てるだけではなく、時には食べる決断をしてもよいのではないか。食べて国内の農家を支え、質のよい食料の再生産に意欲を持ってもらうのもまた、「食の安全」を実現するための重要な手立てなのだ。(サイエンスライター 松永和紀)

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