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松永和紀のアグリ話

英国発ヒジキの発がんリスク、どこまでホント?

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2004年8月4日

 ヒジキといえば、食物繊維やミネラルが豊富な健康食品というイメージが強い。学校給食にも登場する食材だ。ところが、発がんリスクが高いというので驚いた。英国食品規格庁(FSA)が7月28日、「ヒジキは無機ヒ素を多量に含むので、食べないように」と勧告したのだ。ご丁寧にも、日本語の勧告と、よくある質問と答え まで出している。さて、私たち日本人は、この情報から何を読み取ればよいのだろうか。

 英国ではこれまで、海藻は食べられていなかったが、最近の日本食ブームによりレストランに登場し、健康食品店などでも売られるようになったという。まずは、英国食品規格庁が公表した検査データを詳しく見てみよう。

 今回は、乾いたままの海藻と水戻ししたもの、水戻し後の水それぞれについて、ヒ素含量を調べている。ただし、一言でヒ素といっても、自然界にはヒ素化合物として多種類があり、大まかに有機ヒ素と無機ヒ素に区別される。毒性が高いとされるのは無機ヒ素なので、全ヒ素量とそのうちの無機ヒ素量を調べている。

 ヒジキ9商品、アラメめ3商品、ワカメ5商品、コンブ7商品、のり7商品のデータの平均値は次の表の通り。

   販売全 販売無機 水戻・全 水戻無機 後・全 後無機
ヒジキ 110 77 16 11 5 3
アラメ 30 <0.3 3 <0.3 1 <0.01
ワカメ 35 <0.3 4 <0.3 <0.4 <0.01
コンブ 50 <0.3 3 <0.3 0.3 <0.01
のり 24 <0.3          

(*販売全:売られていたものの全ヒ素量、販売無機:売られていたものの無機ヒ素量、水戻・全:水戻ししたものの全ヒ素量、水戻ししたものの無機ヒ素量、水戻しした後の水の全ヒ素量、水戻しした後の水の無機ヒ素量。のりは食べる前に水戻ししないので売られていたもののみ測定。単位はmg/kg)

 <がついている数字は、すべて定量限界以下であったということ。つまり、ヒジキ以外の海藻類はすべて、リスクの高い無機ヒ素がほとんど含まれていない。それに比べて、確かにヒジキは無機ヒ素が多い。

 これに対して、厚生労働省はさっそく、ヒジキ中のヒ素に関するQ&Aを公表した。「WHOが1988年に定めた無機ヒ素のPTWI(暫定的耐容週間摂取量)は15μg/kg体重/週であり、体重50kgの人の場合、107μg/人/日(750μg/人/週)に相当します。FSAが調査した乾燥品を水戻ししたヒジキ中の無機ヒ素濃度は最大で22.7mg/kgでしたが、仮にこのヒジキを摂食するとしても、毎日4.7g(一週間当たり33g)以上を継続的に摂取しない限り、ヒ素のPTWIを超えることはありません」と反論している。

 さっそく反応したのはよいが、このお役所文章は、やはり分かりにくい。少々解説すると、まずヒ素の発がん性は、職業的に高濃度のヒ素を吸い込んだ場合の肺がんと、飲料水汚染による皮膚がんが認められている。そこで、WHOは飲料水のガイドラインとして、0.01mg/Lを定めている。

 発がん性というと恐ろしげだが、無機ヒ素は地球上の土にも水にも自然に含まれている。食品添加物や農薬は、発がん性があると認可されないが、「水に含まれているから水は禁止」では人は生きていけない。そこで、ここまでは我慢しましょうというガイドラインを設けているのだ。0.01mg/Lという濃度だと、生涯の皮膚がんリスクは、1万分の6である(ちなみに、日本の水道水の水質基準も0.01mg/L。ただし、実際の濃度はこれよりもはるかに低い)。

 さらに、WHOは無機ヒ素について1週間に食べても大丈夫な量の目安を決めている。これが暫定的耐容週間摂取量で、体重1kg当たり15μg=0.015mgだ。体重50kgであれば、1週間に750μg=0.75mgまでは食べても大丈夫ということになる。英国食品規格庁が水戻ししたヒジキのヒ素含有量は、最大27.7mg/kg。1週間にヒジキを33gは食べられる計算になる。

 残念ながら、英国食品規格庁の水戻し処理は、どのくらいの時間、どの程度の量の水に入れて戻したかが分からないので、これ以上はデータの意味を考えるのが難しい(ただし、研究の詳細資料は請求すればもらえる)。

 実は、ヒジキの無機ヒ素の多さは、英国だけでなく日本でも注目されていて、愛知県衛生研究所の大島晴美さんらがちゃんと、日本で一般的な水戻しの方法で無機ヒ素がどうなるか、調べているのである。

 今年5月の日本食品衛生学会講演要旨によると、市販の干しヒジキには、有機ヒ素の一種であるアルセノシュガーや無機ヒ素の一種であるヒ酸が含まれており、ヒ酸が全ヒ素量の約50%を占めているとされている。大島さんらは、干しヒジキ5gを20倍量の水に室温で30分間浸してから、その水を分析したところ、ヒジキに含まれるすべてのヒ素の30〜50%が水に溶け出しており、その約90%がヒ酸だったという。つまり、ヒジキを料理するときのごく一般的な手順によって、無機ヒ素の少ない、安心できる「おかず」に変わっているのだ。

 大島さんらと共同研究した斎藤勲さん(現東海コープ商品安全検査センター長)が、こう話してくれた。「もしかしたら、昔の人は生のヒジキを食べて下痢などして、それを教訓に水戻しなどの調理法を編み出したのかもしれませんね。知らないうちに実に科学的なリスク低減策を見出していたわけで、日本人の知恵は素晴らしいではありませんか」。

 自然界には発がん物質がごまんとある。魚や肉、野菜も、栄養成分が豊富な一方、発がん物質も含まれている。ヒジキもカリウムや食物繊維が豊富なよい食品だ。要は、上手に付き合って利用していけばよいのだ。

 しかし、ヒジキの調理法には最近、ちょっと心配な傾向がある。水戻しをせずにいきなり煮物にしてしまうお手軽料理がはやっているのだ。「乾物をもっと楽に使いましょう」ということらしい。私も、雑誌で読んでやってみたことがある。お手軽料理の知恵は、大きなリスクを招く可能性もある。怠け者の主婦よ、お互いに注意しましょう。(サイエンスライター 松永和紀)

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