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松永和紀のアグリ話

「残留農薬検査結果が安全証明書代わり」はもう古い

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2004年8月18日

 今月6日、厚生労働省からひっそりとプレスリリースされた情報がある。「食品中に残留する農薬等のポジティブリスト制に係る分析法(案)の検討について」である。ポジティブリスト制によりどんなにたくさんの残留農薬基準値を定めても、農薬の量を効率よく正しく測れる方法と測れる人がいなければ、制度は「絵に描いた餅」にしかならない。新たな分析法の検討は一見地味だが、厚生労働省はもとより食品を扱う業者にも大きなかかわりがある重要課題だ。

 現在の制度では、242の農薬の残留基準と分析法が、食品衛生法に基づいて定められている。2006年5月までに施行されるポジティブリスト制では、新たに647の農薬等(農薬のほか、動物用医薬品と飼料添加物)について残留基準を定める見込み。ならば、厚労省はこれらについても、施行日までに分析法を確立しなければならない。今回のプレスリリースは、その研究の進捗状況を報告している。

 残留農薬の分析は通常、(1)試料(農産物や加工品)を粉状にしたり細かく切り刻むなどして均一化する(2)残留農薬を抽出する(3)一緒に色素などが混じっているので、農薬の精製操作を行う(4)高度な分析機器で測定する—-というステップ。だが、農薬とひと言で言っても、その化学構造も性質も様々。従って、本来なら農薬一つひとつについて、それぞれ方法を変えて最適条件で抽出し分析すべきだが、それではあまりにも手間がかかり過ぎ、コスト負担も大きい。そこで最近は、たくさんの農薬を一度に抽出精製し測定する多成分一斉分析法が、様々な企業や研究機関で検討されている。

 厚生労働省のポジティブリスト制に向けた研究も、一斉分析法の開発が中心だ。プレスリリースによれば、昨年度は農産物中の120農薬の一斉分析法を検討し、約90の農薬に適用できることを確認してこの方法の手順を明らかにした。このほか、畜産物中の残留農薬一斉分析など様々な項目について検討を進めている。方法はまだ確定したものではなく、今後も練り上げて最終的にはポジティブリスト制施行時に告示し、公定法と位置付けるようだ。

 多くの検査機関は、この公定法に基づき検査することになる。別の方法で検査してもよいが、公定法と同等以上の性能を要求されることになっている。では、厚生労働省がポジティブリスト制で規制する約700の農薬すべての分析法を開発してしまえば、それでどこの検査機関も信頼できる検査をできるようになるのだろうか。

 いや、どうもそうではないらしい。残留農薬分析は、検査する人の技術と知識と経験がものを言うという。元国立医薬品食品衛生研究所主任研究官の津村ゆかりさんが、非常に興味深い研究をウェブ上で公開している。

 長文だが、民間検査機関に分析を委託している人、しようとしている人にとっては必読情報だ。かいつまんで言うと「6つの民間機関と2つの検疫所で、104の農薬一斉分析の試験技能を比較したところ、結構な差がありましたよ」というものだ。参加した検査機関は、積極的に比較試験に参加しているのだから、それぞれ技能にはかなりの自信があったのではないか。それでも差がついた。つまり、ちまたの多くの民間機関は、力量に相当な違いがあると見ていい。

 残留農薬検査は従来、役所がモニタリングと違反の取り締りを目的に行うものだった。しかし、2年前の中国野菜の残留農薬問題以降、民間検査機関による検査が増えている。販売店や流通業者などが自主的に民間機関に残留農薬分析を依頼し、結果を農産物の安全証明書代わりにするケースも多い。最近は、民間検査機関も「1度で100農薬を測れる」「料金が安い」などと売り込みに懸命だ。ポジティブリスト制移行が近づけば検査機関もさらに増え競争が激しくなり、売り込みも激化するに違いない。だが、その分析は信頼できるのか?

 こうした状況に、日本農薬学会も動き出している。全体の技術の底上げを目指して昨年、解説書「残留農薬分析 知っておきたい問答あれこれ」を発行した。また、分析担当者を対象に分析セミナーも開催している。今年も計3回開く計画だ。

 単純に検査を依頼し分析結果を食品の安全証明書代わりにできる時代は、もう終わりだと思う。何を検査しその精度はどの程度なのか、検査の中身が問われるようになる。次回も引き続き、検査分析の話を書く。残留農薬検査は実に奥が深い。(サイエンスライター 松永和紀)

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