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松永和紀のアグリ話

農業先進国デンマークは情報公開力が違う

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2004年10月6日

 デンマーク農業理事会日本事務所 から、視察研究会「食と暮らしのミニ・フォーラム」のお知らせをいただいた。クリスマス時期のデンマークを訪れ、豚やチーズの安全生産管理などについて学ぶ催しだ。デンマークは食の安全を早くから重視して、すぐれた生産管理システムを構築している。私も昨秋訪れ、多くのことを学んだ。とりわけ印象深かったのは、情報公開の姿勢だ。

 デンマークは人口530万人の小国だが、1500万人の食料を生産する農業国。生産者は強固な組合を組織し、行政と連携して安全管理システムを構築している。日本への輸出量は豚肉23万9600t(2002年諸外国中第2位)、チーズ1万1500t(同3位)。日本人は気づかないうちにハム・ソーセージやピザなどとして、デンマークの農産物を食べている。

 デンマークは農産物の安全性と品質を「売り」に輸出を伸ばしてきたが、実際にデンマークへ行ってみて分かったのは、衛生管理やトレーサビリティなどの技術は、日本と変わらないということ。いや今ではむしろ、日本の方が進んでいるかもしれない。

 しかし、決定的に違うのは「誇り」だ。国の役人から末端の農家まで、自分たちが高品質の食品を生産する能力を持っていることに大変な誇りがある。農家も、5年間の農業学校を経て就労するシステムなので、知識が豊富で社会的なステータスも高いそうだ。彼らには「自信」がある。だから、自分たちの努力を知ってもらう情報公開は当たり前のことなのだ。

 国の役人に質問しても、率直な答えがどんどん返ってくる。食行政が以前は日本と同様に3つの省で分担する縦割りであり、指揮系統や情報提供が混乱したとの反省に立って96年に食品農水産省に一元化したことを、丁寧に説明してくれる。

 食肉処理企業のデニッシュクラウン社では、と畜から解体、箱詰めまですべての工程を案内された。豚1頭1頭について生産者名やと畜時刻などの情報をコンピューター管理するトレーサビリティシステムを、世界に先駆けて17年前に導入した企業。と畜まで見せるオープンさは、日本人には違和感すら感じさせるものだった。

 養豚農家でも、農家が飼育法を丁寧に説明し、質問にも躊躇なく答えてくれた。母豚に子どもを産ませて生後70日まで育てて肥育農家に売る農家だったが、顧客が頻繁に見学に来る。「1時間後に見に行くから、と電話があり、すぐ来るんですよ」と話していた。見学者が病原体を持ち込まないように、頭から足までカバーする見学用つなぎが、常に用意されているそうだ。

 食品農業水産省獣医食品局のヘンリック・G・イエンセン副局長は、「オープンであることが、我々の力になる」と話してくれた。情報公開は見方を変えれば、安全と品質の高さを維持するための、厳しい相互監視の仕組みでもある。

 本国と同様に、デンマーク農業理事会日本事務所も情報を正確に伝える姿勢を貫いている。まず、原産地表示が情報提供の基本と考え、デンマーク産農産物を使うハムメーカーなどに、「DANISH」のロゴ表示を求めているのだ。始めたのは94年。今でこそ、食品の原産地表示は強化されつつあるが94年当時、加工メーカーの理解を得るには大変な苦労が必要で、わずか2000万パックからスタート。現在では年間4億バックに増え、ファストフードのメニューにも、DANISHのロゴが見られるようになった。

 12月に催されるミニ・フォーラムのような割安の視察ツアーも年数回催す。チーズや豚肉についてデンマークで約10日間、みっちり学ぶ「学校」も毎年開き、業界で働く人たちが修業する。駐日代表の小野澤鐵彦さんは「イメージの醸成は、3年や5年でできることではない。古典的な手法でも人と人とのつながりを作り、事実を積み重ねていくしかない」と話す。

 日本では、デンマークやスウェーデンなどの北欧は、福祉や農業、環境問題の先進国として取り上げられることが多く「北欧に学べ」式の言説は数多い。しかし、人口530万人の国と1億2000万人の国を単純に比べても意味がない。デンマークの方法は子細に見れば、「組合が強い人口530万人の国だから可能なこと。日本で同様のことをしたら、コストがいくらかかっても足りないだろう」と思う事も多かった。なにせ、養豚農家個々が飼育できる豚の数まで、国と組合が管理しているほどなのだ。とても真似できない。

 しかし、「オープンであることを力にする」姿勢と、農業への誇りの高さ、自信は羨ましい。誇りがあるから情報公開する。情報を出すことによって周りから批判も受け、それによりさらに前進できる。そんな好循環が産まれている。

 残念ながら、現在の日本の食の安全に関する動きには、誇りを育てる社会的議論がない。トレーサビリティに使うICチップのコストをいかに下げるか、というような技術論ばかりが先行する。

 とはいえ、どんな技術やシステムにも、必ず盲点がありそこを突く不正は起こりうる。最終的に不正を抑止するのは、人の心でしかないのだ。デンマークに学ぶべきは、表面的な技術ではなく、誇りを育てるための教育のあり方や生産者団体のシステム、情報公開と議論の積み重ね方、である。私にとって昨秋のデンマーク訪問は、食の安全の本質を改めて考えさせてくれる貴重な経験となった。

 デンマーク農業理事会日本事務所は現在、12月のミニフォーラムの参加者を募集している。詳細はデンマークの食の暮らし研究会参照を。(サイエンスライター 松永和紀)

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