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松永和紀のアグリ話

家畜排せつ物法施行で硝酸態窒素について考える

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2004年11月10日

 今月1日、重要な法律が完全施行された。家畜排せつ物法である。畜産農家に家畜ふん尿の適正な処理や管理が義務づけられ、違反者には罰則が適用される。一見、消費者とかかわりのない地味な法律なので、マスメディアは全く取り上げなかったが、この法律、実は食や水の安全と大きな関係がある。

 日本で年間に発生する家畜排せつ物は、なんと約9000万t(2003年度)。5年前の調査では、8割強が堆肥などとして農地に入れられ、1割弱は浄化処理されたりメタン発酵発電などに利用されていた。残る1割が不適正処理分で、野積みされたり穴を掘って溜められていた(素掘りと呼ばれる)。

 「でも、たった1割でしょ?」と言うことなかれ。量にして約900万t。日本で出る食品廃棄物の年間発生量は1131万t(02年度)だから、それに近い量の有機性廃棄物が打ち捨てられている。畜産農家の経営は厳しくふん尿処理費用は大きな負担で、今後不適正処理が増えないとも限らない。

 そこで、堆肥化やメタン発酵発電などを進めようと定められたのが家畜排せつ物法だ。99年11月に施行されたが、施設整備などに時間と費用が必要なことから5年間の猶予期間も設けられ、04年11月1日から完全施行された。

 では、なぜ野積みや素掘りがいけないのか? 何が、食や水の安全と関係があるのか?野積みや素掘りでは、ふん尿が土にしみ込み河川や地下水脈に入って行く恐れがある。ふん尿にクリプトスポリジウム(原虫)が大量に含まれていたら怖い。クリプトスポリジウムは塩素耐性を持つため、水道原水として取水されると大規模な集団下痢症が起きる可能性もある。

 もっとも、浄水場では予防対策がとられており、発生確率は小さい。むしろ、リスクが大きいのは硝酸態窒素。今回は、目の前に迫った問題である硝酸態窒素に焦点を絞ろう。

 硝酸態窒素は硝酸性窒素とも呼ばれ、硝酸イオン(NO3-)の形態で存在する窒素のこと。農水省は「硝酸塩」という書き方だし、研究者もどの言葉を使うかまちまちなので混乱が起きているが、取り扱っている問題はすべて同じ。NO3-が多いか、少ないか、という話だ。

 地球上の窒素は、生物の活動によって窒素ガスや窒素酸化物、アンモニア態窒素、硝酸態窒素、生物中のタンパク質など、さまざまに形態を変えながら循環している。家畜ふん尿中にも、タンパク質などとして大量の窒素が含まれており、土壌微生物などによって硝酸態窒素に変えられ、それがまた植物によって吸収され循環する。

 昔は、この収支のバランスがとれ、硝酸態窒素も環境中に低濃度で分散分布し、植物の養分となっていた。しかし、人口が増え家畜を飼う地域と作物を栽培する地域が分かれるようになり、循環しなくなった。家畜を飼う地域ではふん尿が捨てられ、硝酸態窒素になって環境中に広がる。また、作物を栽培する地域では、窒素が養分として足りないのでわざわざ化学肥料をやり、植物に使われなかった分がやっぱり硝酸態窒素として広がる。なんともいびつな構造になってしまった。

 こうして環境中への硝酸態窒素放出が増えると、何がいけないか?高濃度の硝酸態窒素を含んだ水によって重い症状が出るのは、生後3カ月未満の乳児だ。米国で1940年、ミルクを飲んだ乳児がチアノーゼを起こして皮膚が真っ青になった。調べたところ、硝酸態窒素が高濃度に含まれた井戸水でミルクを作っていたことが分かった。

 様々な研究が重ねられた結果、現在もっとも有力な説はこうだ。水に高濃度に含まれた硝酸態窒素は、大人の場合はほとんどがそのまま尿に出てしまう。しかし、乳児の場合は胃酸の分泌がまだ活発でなく胃の中の酸性度が強くないため、胃の中で微生物が増殖し、硝酸を亜硝酸に変える。この亜硝酸が血液中のヘモグロビンと結合してしまい、ヘモグロビンは酸素を運べなくなって、乳児は酸欠状態に陥りブルーベビーと呼ばれる状態になる—-。

 乳児が発症しないなどの条件を満たすように定められた水質基準は、硝酸態窒素及び亜硝酸態窒素が10mg/l 以下。水道は常にチェックされている。しかし、井戸水は心配だ。実際に、02年度の環境省調査で、全国の井戸の5.9%が基準を超過していた。

 ただし、注意が必要なのは、乳児に害があるからと言って即、「排除すべき憎っくき危険物質」にはならない、ということ。WHOは、成人には健康被害を与えないと結論づけている。人が生き続けるためには植物を育てなければならず、養分として硝酸態窒素も必要だ。

 今月完全施行された家畜排せつ物法の主眼は、ふん尿を上手に管理して使いやすい堆肥に変え、作物栽培をする地域で使ってもらい、断ち切られた循環を立て直すこと。だから、要注目なのだ。

 実は、窒素循環に関しては、もう一つ大きなトピックがある。野菜の硝酸塩問題だ。硝酸態窒素を作物が多く吸収している結果、日本では野菜の硝酸塩濃度が上昇している。農水省は低減を目指しており、今年度中に目標値の提言を行うことになっている。この数値によっては、農業現場が大混乱に陥る可能性もある。次回、ご紹介しよう。(サイエンスライター 松永和紀)

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