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松永和紀のアグリ話

野菜の硝酸態窒素を巡るウソ

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2004年11月17日

 野菜中に含まれる硝酸態窒素はがんを引き起こすが、硝酸態窒素は有機栽培の野菜に少なく、化学肥料を使う野菜に多い。だから、有機野菜は安全—-。この話、食品ビジネス関係者ならだれでも一度は聞いたことがあるのではないか。しかし、これは真っ赤なウソ。野菜の硝酸態窒素問題には、とにかく誤解が多いのだ。

 野菜の硝酸態窒素含有量自体は、確かに高い。国立医薬品食品衛生研究所の調査では、硝酸イオンとしてホウレンソウ1g当たり3560 ±552μg、同じくサラダ菜5360±571μg—-などの結果が出ている。小鉢に入ったホウレンソウのお浸し(50gとして換算)に178mgの硝酸イオンが含まれている見当だ。しかし、野菜の硝酸態窒素ががんを引き起こすとは、今のところ断言できない。これが1つ目のウソだ。

 硝酸が亜硝酸に変わると、体内で発がん物質であるニトロソ化合物を増やすとされている。が、硝酸がどの程度亜硝酸に変わるのかが分からない。硝酸の摂取量と胃がんや食道がんの発生頻度の関連を調べた論文もあるが、決め手となるような研究成果はない。一方で、野菜はビタミンやミネラル豊富で、がん予防効果があるという研究も数多くある。WHOは、野菜の硝酸態窒素は大人には健康被害を与えない、と結論付けている。

 だが、多くの国の研究者や政府機関の方針は「野菜は食べた方がよいが、その硝酸態窒素含有量はなるべく抑えたい」という点で一致しているようだ。なんといっても先週書いた通り、乳児に大量摂取させれば発症するし(日本では、3カ月未満の乳児には野菜を食べさせないが、欧米では食べさせる場合があるという)、がんもできれば予防には努めたい。

 また、野菜の硝酸態窒素濃度の高低は、環境汚染のバロメーターでもある。野菜の値が高ければ、土壌や水に窒素分が多く富栄養化が進むと予想される。
 特に熱心なのはEU。レタスとホウレンソウに基準値を設定している(例えば、11月〜3月に収穫されるホウレンソウは、3000μg/g、4月〜10月に収穫されるものは2500μg/g)。そのための栽培技術開発にも熱心だ。

 一方、日本は基準を設定しておらず、低減策は今のところ農家の自主性に任されている。そのためか、2つ目のウソが流布している。「有機栽培は、硝酸態窒素含有量が少ない」である。あるいは、それとは裏表の言い方である「野菜の硝酸態窒素過剰の原因は、化学肥料」と主張する人もいる。

 なぜウソか? 一口に有機栽培といっても、化学合成農薬や肥料を使わない、という原則があるだけで、方法は様々。科学的に見れば多様過ぎてひとくくりにできない。

 それなのに、有機農業を信奉する一部の研究者や機関が自主発表した「有機栽培作物には低い」というデータが、一人歩きしている。だが、これらの実験結果は科学的な信頼性に欠ける。野菜に蓄積する硝酸態窒素の量は、与える肥料の状態や土壌条件、季節、光量などで大きく変動し、比較実験は極めて難しいはずなのに、実験の詳細が明らかになっていないからだ。一見、有機栽培と化学肥料栽培を比べているように見えても、別の原因によって量が違っている可能性がある。

 一方、日本土壌肥料学会の雑誌(2000年10月号)にも関連する報告が載っている。野菜ジュース、トマトジュース、青汁、果実ジュースの合計80サンプルを、有機栽培表示と慣行栽培表示に分けて比較したところ、硝酸態窒素濃度に大きな差はなかったという。

 私の見るところ、科学者のほとんどは、有機と慣行のどちらが硝酸態窒素をより多く蓄積するか、という区分けには意味がないと考えているようだ。植物の生理を考えれば、これは当たり前。有機質肥料や堆肥に含まれている窒素は、たんぱく質などの一部として存在しているが、土壌中で微生物によって分解されて硝酸態窒素になってから植物に吸収される。化学肥料も硝酸態窒素になってから吸収される。化学肥料であろうと有機質肥料であろうと、たくさんやれば硝酸態窒素を植物が吸収し大量に蓄積することには変わりがない。

 現在、農水省も野菜中の硝酸態窒素を下げる栽培技術を研究している。生産現場では、農水省がEUと同様に野菜の基準値を設定する、と盛んにささやかれている。私も先週、今年度に農水省が目標値を提言すると書いた。が、これは早とちりだった。正確には、今年度いっぱいで研究を終了し、その結果によっては努力目標を定める議論になるかも、だそうだ。

 どうもはっきりしない。国にしてみれば、安全基準を作る科学的根拠がない(EUは基準を設けているが、人体への安全を考えて、というよりも、政治的な思惑が絡んでいるという)。しかし、間違った情報を信じ込んでいる消費者の不安を鎮め、環境負荷軽減を目指すためにも、なんらかの目標は定めたい。でも、うっかり数字を出してそれが一人歩きし、野菜をいちいち測ってオーバーしたのしないのという騒ぎになるのは怖い—-。農水省の雰囲気はこんな感じではないだろうか。

 農水省の動きはともかくとして、「なんだ、食べても危険じゃないんだ」で、この問題を終わりにしてほしくない。視点を環境問題に少しずらして考えれば、子や孫の安全を現在の私たちが脅かしていることに気付く。単純なことだ。日本は大量の食料や飼料、肥料を輸入しており、輸出量はごくわずか。その結果、輸入分に含まれる窒素百数十万tが、毎年家畜ふん尿や生ゴミなどとして日本中に放出され続けている計算だ。食料自給率を上げる努力を怠り、このまま毎年放出し続ければ、水や土壌、野菜の硝酸態窒素の量が増え続けて行くのは確実だ。

 私たちの子や孫の時代には、粉ミルクを溶く水に国産水を使えないかもしれない。富栄養化で生態系が大きく変われば、食料自給がさらに危うくなる可能性もある。これこそ、「食の安全」の危機ではないのか?目の前の野菜に一喜一憂するのでなく、次の世代のために、輸入依存の体質や歪んだ窒素循環を変えることを考えたい、と思う。(サイエンスライター 松永和紀)

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