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松永和紀のアグリ話

次の食のリスクは地球環境変化による食糧生産変動

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2005年3月2日

 農業における環境問題というと、つい「私たちの暮しとは関係がない」と思いがち。しかし、なかなかどうして、「食の安全」と密接なかかわりがある。農業のリスク評価、リスク管理に取り組んでいる独立行政法人農業環境技術研究所(茨城県つくば市)の研究成果から、食の安全の「次の課題」を探ってみた。

 先日、農業環境技術研究所(農環研)を訪ねる機会があり、陽捷行(みなみかつゆき)理事長や上路雅子企画調整部長などに、独法化以降4年間の研究について詳しく説明していただいた。食の安全にかかわる成果を二、三紹介すると……

(1)水田のダイオキシン類の挙動解明や低減化
 ダイオキシン類は一時、ごみの焼却過程で発生するとして騒がれた。しかし、過去に使用された農薬に不純物として含まれ水田にも一定濃度蓄積していることが分かり、イネへの移行が心配された。研究した結果、イネは土壌からダイオキシン類を吸収せず大気が主な汚染源であることが分かった。

 また、可食部である玄米は籾殻に覆われているために大気の影響を受けないことも突き止めた。従って私の判断では、玄米のダイオキシン濃度は食べても全く問題ないレベルだ。水田に溜まっているダイオキシン類は、代かき時に流出しやすく、系外の土や水の汚染にもつながる。水田に塩化カルシウムなどの凝集剤を入れれば吸着され流出を防止できることが分かったため、今後は凝集剤の選定や最適な吸着条件の検討なども行う。

(2)コメやダイズの低カドミウム化
 日本のイネ(ジャポニカ種)はカドミウム低吸収性である一方、ダイズは主力品種にもカドミウム高吸収性のものがあることが分かった。関連する遺伝子の特定も目指している。また、イネの特定品種がカドミウムを著しく吸収することを突き止め、汚染土壌で実際に栽培し収穫焼却する試験を行って、ファイトレメディエーション(植物修復)技術の確立を目指している。実用化一歩手前まで来ているようだ。

(3)遺伝子組み換え植物の環境影響評価
 除草剤耐性ナタネとダイズの長期栽培試験を行い、栽培環境に生息する雑草や土壌微生物などを調査している。環境への影響は今のところ認められていない。また、Btトウモロコシの非標的昆虫への影響は、日本の環境下でも低いことを明らかにした。来年度は、組み換え植物と近縁種間の遺伝子流動の評価とモデル開発なども行う。

 このほかにも、農薬の挙動解明や環境影響評価手法の確立/農作物や農耕地中の放射能レベル監視—-など、食の安全に関わる研究が目白押しだ。いわゆる環境問題、例えば生物多様性の検討、温室効果ガスの発生量推定とその制御技術の開発、窒素など物質循環の解明なども行われている。それらも突き詰めれば、自然の循環機能を上手に利用して食料の安定生産を目指す研究につながる。食の安全確保にほかならない。

 私見を述べれば、現在多くの消費者が心配しているような問題(農薬などの化学物質、遺伝子組み換えなど)は、リスク管理がかなりの部分まで可能で、対策の目鼻がついている。一方で、地球環境変化による食料生産の変動は普通の人が考える以上に大きく、早晩に食の安全を脅かす大問題に発展すると思える。

 個人的にもっとも驚いたのはコメ生産の予測だ。気候シナリオを10kmメッシュデータとして作成したところ、2030〜50年代には夏期の降水量が日本海側で増加、太平洋側で減少し、四国から九州の南岸では梅雨末期の集中豪雨が予測される。害虫のニカメイガによる水稲の減収率は本州で4倍以上、中央高地では8倍以上になるという。ニカメイガは、60年代までは水稲のもっとも怖い害虫だったが、その後は品種や栽培体系の変化、農薬の開発などにより被害が減っていた。それが復活するとなれば影響は大きい。

 農環研ではさまざまな研究チームが、二酸化炭素の増加や水資源の変動など、地球環境変化の予測を行っている。温暖化に対応できる新品種や農薬の開発には長ければ10数年の歳月がかかる。2030年というと現在の暮しとは全く無縁に思えるが、決して遠い未来ではない。

 陽理事長によれば、地球上で食料を生産する土壌の厚さは平均すると約18cmしかないという。それより深いところの土には、食料生産を繰り返せるだけの養分がないのだ。また、食料生産に使える土壌中の水は約11cm、酸素が豊富な大気は地上約15km、地球のバリアーであるオゾン層はわずか3mmだという。

 この環境をいかに守るか?農環研では、食料生産に関わるリスク評価、管理の手法を着実に構築していくことに加えて、農業環境資源インベントリー(inventory)も築こうとしている。インベントリーは本来、財産目録、一覧表といった意味。120万点の昆虫標本、全国2万地点の土壌調査結果のデータベース化、健全なイネ科植物に常在する微生物1万5000菌株の分離とデータベース化などを行っている。

 一見、過去を振り返る収集作業に過ぎない。だが、インベントリーの構築により地球環境や農業生態系のこれまでの変化を把握し今後を予測する基本データとすることができる。有用な資源を選び出し新品種や新たな農薬作りへと発展させることも可能だ。リスク評価と管理は時代のキーワードだが、それを支えるのがインベントリーであり、次世代へ継承すべき「宝の山」なのだ。

 私たちは、やれ残留農薬だ、BSEだと、目前の問題に汲々としてしまいがち。だが、食の安全確保は一朝一夕には実現できない。狭い視野と短期的な評価のみでは語れない。農環研のモットーは、「風にきく 土にふれる そして はるかな時をおもい環境をまもる」だそうだ。今年度の主要研究成果は今月末に印刷物として公表し、ウェブサイトには4月中にはアップロードする予定という。一度覗いてみませんか。(サイエンスライター 松永和紀)

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