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松永和紀のアグリ話

検査する人と食べる人、残留農薬値の意味はそれぞれ

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2005年4月20日

 残留農薬のポジティブリスト制を長い間取材して、やっと気付いた。どうも、検査に詳しい人と、小売店関係者や消費者の“常識”が異なる。消費者は「残留基準突破」と聞くと、「農薬が大量に私たちの口に入る。危ない!」と受け止めるが、検査に詳しい人は違う。なぜならば、残留農薬検査は食べない皮やサヤまで測る。しかも生。検査で出た数値は、食べる時の実態を反映しない。そこに消費者が気付かないと、残留基準に振り回される事態はなくならない。

 日本農薬学会がまとめた「残留農薬分析 知っておきたい問答あれこれ」によると、作物の分析部位は厚生労働省告示の官報により決まっている。具体例をいくつか紹介しよう。
・ミカン:外果皮を除去したもの
・オレンジやアマナツ、ハッサクなど:皮を含めた果実全体
・ナシやリンゴ、花おち、しん及び果梗の基部を除去したもの(つまり、皮も含めて分析)
・バナナ:果柄部を除去したもの(つまり、皮も分析)
・エダマメ:花梗を除去したもの(つまり、サヤも分析)
・バレイショなどイモ類 泥を水で軽く洗い落としたもの(つまり、皮も分析)

 もちろん、可食部を分析する作物も多いのだが、食べる実態とかけ離れているものもかなり多いことをご理解いただけるだろう。バナナの皮もエダマメのサヤもだれも食べない。ミカンは外側の皮をむきアマナツは皮付きで測定するのも、生食の実態とは違う(おそらく、ミカン以外の柑橘類は、マーマレードなどの加工品にもなることから、分析部位が異なるのだろう)。

 分析を担当する人たちは、官報に分析部位が載っていない作物を検査しなければならない時には、大変迷うそうだ。昨年開かれた農薬学会研究会でも、アケビの可食部はどこかと話題になった。タネの周りの果肉を食べるのが一般的だが、地方によっては皮を炒めて食べるところがあるという。研究者たちがどこを食べるのか真剣に話し合っているさまは、部外者の私には大変ユーモラスな光景だったが、当事者たちは真剣だ。皮を測るか中の果肉を測るかで、残留農薬濃度は大きく変わってしまうからだ。

 分析部位の問題は、市民団体に「悪用」されてしまうこともある。ある市民団体が「エノキダケから農薬を検出した」とニュースに出した。研究者がその記事をよくよく読むと、根元の菌床部分も含めて分析していたそうだ。この農薬は、培地に混ぜて使用するもので、当然菌床部位は残留濃度が高い。キノコ類の分析部位は可食部と決まっているのだが、可食部の残留濃度については、ニュースでは全く触れられていなかったという。

 また、作物を食べる時に実際に口に入る農薬の量は、調理の過程でも大きく変わってくる。しかし、残留農薬分析はすべて生で行うことと決まっている。「食品安全性セミナー3 残留農薬」(中央法規出版)に、調理の過程でどの程度農薬が分解減少するかの詳しいデータが紹介されている。例えば、コメを使った実験では、DDTは水洗いにより70%除去され、炊飯までした後の残存率は8〜10%だった。また、マラチオンは、同様に水洗いで80%除去され、炊飯後の残存率は1〜2%だった。

 こうしたことを知っておけば、残留基準を超えるか超えないか,という問題が、食の安全、すなわち人への健康影響の大小の判断とは本質的に異なることが理解できるはずだ。残留農薬のポジティブリスト制は、さまざまな非科学性、矛盾を抱え込みながら、とにかく始めなければならない「制度」なのだ。

 その案は突っ込みどころ満載で、本欄でも計10回近く書いてきて、まだまだたくさんあるけれど、私自身徒労感でいっぱいだ。おそらく、厚労省の担当職員がだれよりも問題点をもっともよく分かっているはずなのだが、細かいことには目をつぶり2006年5月には制度を開始し、消費者に「食の安全を守ります」と言わなければならない。考えてみれば、かなり可哀想な役回りだ。

 今後、厚労省は5月末に暫定基準の最終案を公表し、夏の終わりには制度全体の最終案を決めるという。これからのパブリックコメントでも、この制度の非科学性、非整合性に打撃を受ける業界、企業などから多くの意見が寄せられるに違いない。

 何も分かっちゃいない消費者や販売流通側は、制度が始まったからと山のように自主検査し生産側に検査を要求する。その結果、基準超えが出ると、食の安全が損なわれたと批判しマスメディアも大騒ぎ—-。そんな事態になっては、たまったものではないからだ。

 私はそれでも、残留農薬のポジティブリスト制を一歩前進と思いたい。少なくとも、これまで規制の網の外にいた悪質な農薬使用を、規制の対象とすることができる。重要なのは、消費者や販売流通側がもっと「賢く」なることだ。基準を超えるか超えないかのみで農作物の処分を迫ったり産地との取引を中止する事態を招いてはならないだろう。

 基準の意味(科学的な根拠のある基準か、他国に準じた暫定基準か、一律基準かによって、その重みは大きく違う)、基準超えの理由を科学的に見る目を養い、「大人の判断」を下すこと。それが、ポジティブリスト制の本来の狙いを生かす唯一の道になる。(サイエンスライター 松永和紀)

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