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松永和紀のアグリ話

拝啓、生活クラブ生協連合会様

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2005年4月27日

 貴団体の遺伝子組み換えに関するかねてよりのオリジナリティあふれる御活動、興味深く拝見させていただいています。特に、4月20日に出されたプレスリリースは、空想力を存分に発揮されておられるご様子で、感服いたしました。証拠なき断定の数々を積み重ね、人々を恐怖のどん底に陥れるその手法。僭越ながら、ファンレターを送らせていただきます。

 プレスリリースのタイトルは「遺伝子組み換え作物は“汚染”する」となっており。その下に、こう書かれています。「輸入したGMセイヨウナタネの種子がこぼれ落ちて自生し始めています。GM花粉が風、虫を介して広い範囲で、在来のアブラナ科の植物と交雑。汚染状況把握のため、日本初の全国調査開始!」

 貴団体もよくご存知のように、一言でアブラナ科と言っても、さまざま種類があります。遺伝子組み換えされて輸入されているセイヨウナタネの種名はBrassica.napusです。日本には、種が異なるBrassica.juncea(カラシナやタカナ)が多く、少しですがBrassica.rapa(在来ナタネ)もあります。栽培されているハクサイやカブなどはBrassica.rapaの仲間です。

 これら名前が、napus、juncea、rapaと異なるのは伊達ではなく、染色体の数が違うという決定的な差異があるからです。同じアブラナ科とはいっても、種が異なるもの同士が自然に交雑し新たな子孫を産み出すのは、なかなか容易なことではありません。そうはいっても、その確率はゼロではなく、虫が花粉を上手に運び受粉もたまさかうまくいく可能性はあります。海外には、その確率を研究した学術論文がいくつかあります。

 私も、組み換えナタネの自生・交雑問題、日本の生態系への影響については、少々心配する気持ちもあり、以前から注意深く研究の進捗状況を見守ってきました。しかし、私はこのプレスリリースを読むまで、寡聞にして組み換えナタネが在来のカラシナや在来ナタネと交雑した学術的な証拠を知りませんでした。「生協に特ダネを抜かれてしまった」とあわてて研究者の方々に尋ねてみたのですが、どなたがこのような貴重な研究成果を出されたのかがよく分かりません。

 「在来のアブラナ科の植物と交雑」という一文は、可能性がある=起きている、という解釈に基づく文章でしょうか、それとも貴団体が証拠をつかんでおられるのでしょうか。後者であれば、その知見を独占することなくすぐに発表していただきたく思います。

 その次に驚いたのは、以下の文章です。「遺伝子組み換え(GM)作物とは、例えば作物の遺伝子の中に、強力な農薬でも死なない土壌菌の遺伝子を組み合わせた作物のこと。国は「安全」としているが、“種の壁”を超えて人為的に操作された作物が環境や人体におよぼす影響は、長期臨床試験などの欠如もあり、いまだ不明」

 強力な農薬でも死なない土壌菌の遺伝子とは何のことか、頭の回らぬサイエンスライターである私は、かなり長時間、迷いました。まったく恥ずかしいことです。もしかして、強力な農薬とは除草剤のことなのでしょうか。確かに、ナタネには土壌微生物の持つ除草剤耐性遺伝子が導入されています。しかし、土壌微生物に除草剤が効かないのはまあ、当たり前。選択毒性がある、ということですから。ヒトはアルコールをたくさん飲みますが、土壌微生物はアルコールをかけられるとコロリといく、というのと似たようなものです。当たり前のことで、これだけ恐怖感を漂わせる一文を書くとは、素晴らしい文章力です。

 さらに、長期臨床試験は動物では行われていますが、今のところ残念ながら、毒性が表れるよりも動物の寿命の方が短いというのが実情です。貴団体の納得のゆく長期臨床試験を行うために、寿命を延ばす薬の開発が待たれるところです。

 そのあとの文章が、またまた驚きです。「なたね、白菜、小松菜、カブなどのアブラナ科の作物は交雑しやすく、汚染される危険性が高い。特に、ナタネは野菜として食されるので、知らないうちに遺伝子組み換えされたものを口にしてしまう可能性もある」

 確かに、前述したようにアブラナ科同士が交雑する可能性はゼロではありません。交雑の危険が高いか低いか、という書き方は、主観の問題ですので私がとやかく口を挟むことではありません。ただし、私たち消費者が食べる野菜が、貴団体の言葉を借りれば遺伝子組み換えに汚染されている、すなわち、遺伝子組み換えでセイヨウナタネに導入された遺伝子が野菜に含まれる可能性は、まあほぼゼロでしょう。

 アブラナ科の野菜の種子を農家に売る種子会社は、採種するための栽培時に他のアブラナ科と交雑しないように、細心の注意を払っています。もし誤って交雑した種子ができたとしても、種子の形状から判別できる場合もありますし、今ではDNA解析でも確認したうえで、販売されます。

 もし気付かずに交雑した種子を売ってしまったとしても、野菜とナタネの交雑種は、いったいどんな形状でしょうか? 農家から「白菜と思ってタネを播いて育てたら、へんてこなものができた。売り物にならんじゃないか」と抗議が殺到するでしょう。「でも、畑には白菜やカブなどが山ほど植わっているではないか」。そう仰るかもしれませんが、農家は花は咲かせませんよ。花を咲かせて自家採種する農家が少しはいるでしょうが、彼らはプロです。種子会社と同じように交雑を防ぐ手立てを懸命に講じています。

 また、「なたねは野菜として食されるので、知らないうちに口にしてしまう」と書かれていますが、このなたねとは何ですか? 市場で菜花などの名称で売られている野菜は、そのあたりで咲いている黄色い菜の花ゾーンで摘み取られたものではなく、農家が種子会社から高い種子を購入して、責任を持って畑で栽培しているものです。

 貴団体がもし、河川敷などのナタネやその種子を取って野菜や油として食べているのなら、即刻お止めになるべきです。在来ナタネには心臓障害や成長阻害を起こすとされるエルシン酸を多く含む種類があります。河川敷などにはこの在来ナタネも数は多くありませんが植わっていますし、貴団体が繰り返し主張されている通り、セイヨウナタネと在来ナタネが交雑している可能性もあります。

 貴団体はこのプレスリリースを報道各社にファクスした時に、「食品の安全・遺伝子組み換え食物などの企画・特集のお役に立てます」とお書きになっていたので、さっそく役立てさせていただきました。ありがとうございます。

 この独創的なプレスリリースの狙いは何なのか? 一部には、「遺伝子組み換えナタネを攻撃することで、自分たちが売っている国産ナタネ油の売り上げを伸ばしたいのでは」と詮索する向きもありますが、私はそのような戯れ言は信じません。私は、まだまだ科学的な解明が進まない組み換えナタネの自生・交雑問題については、これまで通り注視していく所存ですが、陰ながら、貴団体のイマジネーション溢れる御活動も楽しみにしております。敬具(サイエンスライター 松永和紀)

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