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松永和紀のアグリ話

ヒジキその後–日本の調理法がヒ素除去にやはり有効

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2005年5月25日

 昨年7月に英国食品規格庁が発表したヒジキの“危険勧告”をご記憶の方は多いだろう。この5月19、20日にあった日本食品衛生学会で、その後のヒジキについての研究成果が発表された。やはり、水戻しと加熱は、ヒジキ中のヒ素の除去に極めて有効であるようだ。研究のエッセンスを速報する。

 英国食品規格庁がヒジキに含まれる無機ヒ素の発がん性について公表した直後の8月4日付け本欄で、私はこう書いた。「ヒジキを料理するときのごく一般的な手順によって、安心できる『おかず』に変わっている」。

 これは、愛知県衛生研究所の研究に基づき書いたもの。英国のデータを検討すると、ヒジキを水戻しした後の無機ヒ素の水への溶出量がかなり少なく、少量の水で短時間水戻ししただけではないか、と考えられた。これでは、日本の調理法とは全く違う。英国がはじき出した数値を基に日本の食生活におけるヒジキの是非を問題にするのは無理がある、と思えた。

 厚労省も「ヒジキを極端に多く食べるのでなく、バランスのよい食生活を心がければ健康上のリスクが高まることはない」とした。しかし、雑誌などの中にはその後も、英国の数値を基に「妊娠女性と3歳未満の子どもはヒジキを食べるな」などと書くところがあった。

 今回、食品衛生学会で発表したのは、東京薬科大の貝瀬利一教授らのグループ。国立医薬品食品衛生研究所の研究者のほか、三重県ヒジキ協同組合も含まれている。講演要旨集によると、試料は日本と中国、韓国産のもの。(1)そのままのヒジキ(2)ヒジキ0.5gを20mlの水で30分水戻しした後の残り水(溶出液)(3)この水戻し後のヒジキに30mlの水を加えホットプレート上で90℃、20分間加熱後の残り汁(溶出液)(4)(3)の処理後のヒジキ—-を測定している。

 まず、ヒジキ自体には、36.0〜79.9μg/gのヒ素が含まれていた。ヒ素はヒジキ中に、無機ヒ素(ヒ酸や亜ヒ酸)、有機ヒ素(ジメチルアルシン酸、アルセノシュガーなど)などさまざまな形態で含まれているが、その割合は、ヒ酸55.4〜88.1%、亜ヒ酸0〜28.1%、ジメチルアルシン酸0.6〜4.8%、アルセノシュガー0.9〜3.1%だった。

 発がん性があるのは無機ヒ素であり、調理前のヒジキのヒ素は大部分、無機ヒ素として存在していることになる(数字に幅があるのは、産地や干ヒジキへの加工などの違いにより、ヒ素量も形態別割合もかなりのばらつきがあるためだ)。

 さて、このヒ素が水戻しと加熱でどうなったか。水戻しの結果、総ヒ素量の28.2〜58.8%が水に溶出した。また、加熱により、49.3〜60.5%が溶出した。結局、水戻しと加熱調理により、総ヒ素量の88.7〜91.5%のヒ素が除去されていることが確認された。

 こう書くと、簡単に結果が分かったように見えるが、実際にはその分析はかなり大変だそうだ。研究の中心となった貝瀬教授によると、とりわけ形態別の定量が容易ではない。技術的な困難さもさることながら、分析装置が3500万円と高額で装置の維持費も高い。どこでも誰にでも分かる、というものではないのだそうだ。

 さらに、試料の性質によっては、含まれるヒ素の形態を突き止めるのはまだ不可能だという。今回の場合、水戻しと加熱処理を経たヒジキは、ヒ素が組織にしっかりと結合していて、どのような形態で含まれているのか、分からない。ましてや、しょう油や油などを使って調理した後に人の口にはいるヒジキ料理の中に、発がん性のある無機ヒ素がどのくらいの量含まれているか、という決定的なデータを出すのは、まだ到底無理なのだという。

 しかし、ヒジキ中のヒ素の大部分が無機ヒ素の形態であり、そのうちの約9割が除去されている、という実験結果には、やはりほっとさせられる。ヒジキはやっぱり、日本人にとってはおいしく愛着のある味なのだから。貝瀬教授は「日本では海産物は重要な資源であり、安全性の確保を目指す必要がある。こういう分野の研究は、楽ではないがやっていかなければならない」と意気込んでいる。

 実は貝瀬教授は、ヒ素が魚の体内ではアルセノベタインという無害な有機ヒ素の形態で含まれていることを85年に初めて報告した研究者。ヒ素は自然や生物の体内でさまざまに形態を変え、その形態によって毒性が大きく異なることに注目しており、慎重に検討して行く必要があると指摘する。

 食べるという行為は、さまざまな工程の積み重ねだ。ヒジキは、産地や干す時の加工法、消費者の調理法などによって、成分やヒ素の形態が大きく変化するはずだ。さらに、ヒ素が人の体内に入った時、どのように消化され形態がどう変わり、どのような影響を及ぼすかは、不明な点が非常に多い。従って、精密な実験を積み重ね、1つひとつ解明して行かなければならないのだ。

 こんな研究成果を知るとつくづく、食品が危険だ、安全だ、とうかつに書けないことを痛感する。英国がヒジキの危険勧告を出した直後に、「妊娠女性と3歳未満の子どもはヒジキを食べるな」と書いた雑誌は、ヒ素中毒研究の第一人者の医大助教授の談話を基に記事を書いていた。研究者は英国の出した数値が正しく、日本の食生活にも当てはまるという前提で、語っている。しかし、それは現実のリスクを映し出していない。

 貝瀬教授らの研究が今後、どのような展開を見せるのだろうか?ヒジキは食物繊維やミネラルが豊富で、利点もたくさんある食材だ。とりあえず、しっかり水戻しと加熱をして食べながら、教授らの研究を追いかけて行きたい。(サイエンスライター 松永和紀)

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