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松永和紀のアグリ話

残留農薬狂想曲を蘇らせないために…

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2005年6月1日

 残留農薬のポジティブリスト制度の最終案が、5月31日に開かれた薬事・食品衛生審議会農薬・動物用医薬品部会で明らかになった。結論から言えば規定方針通り。懸案の一律基準値も0.01ppmのままで、生産側にとっては非常に厳しい。今後、パブリックコメントやWTO通報が行われるが、大筋は変わらず1年後に施行されるだろう。消費者や流通主導の“残留農薬狂想曲”を蘇らせないためには、これからが正念場だ。

 ポジティブリスト制は、極めて複雑な制度のように見え、誤解が広がっている。典型的なものは、「現行で残留基準がないものは、全部一律基準値の0.01ppmが適用されるんだって」というもの。細部の誤解は、挙げればきりがない。そのためか、厚労省は今回、制度の要約を作り、説明のやり方をこれまでと変えてきた。この要約を基に再度、ポジティブリスト制の簡単なおさらいをしておこう。

 厚労省はまず、ポジティブリスト制度の根幹は一律基準値である、とした。一律基準値とは、「人の健康を損なうおそれがない量」として定められるもので、最終案でも0.01ppmになっている。まず、すべての農薬と作物の組み合わせを、この一律基準値という大きな枠組みで規制する。しかし、農薬の中には安全性評価が既に済んでおり、残留基準を上げても科学的には構わないものがある。そこで、それらについては、基準は緩和していくのだ。

 緩和する項目は、大筋次の通りだ。
(1)現行、残留基準があるものについては、国が安全性評価を完全に実施済みなので、そのまま移行
(2)科学的にみて「人の健康を損なうおそれのないことが明らかである物質」(=対象外物質、ビタミン類やアミノ酸類、重曹など)は規制から除外
(3)残留基準はないものの、国際機関や海外などに参考にできる評価がある農薬と作物の組み合わせについては、暫定基準を設定(参考データはいろいろなので、優先順位をつけている。輸入食品についてはCodex基準、国内農産物では登録保留基準が優先され、どちらもない場合は米国やEUなどの外国基準を基にして決められる)。逆に、安全性評価が行われた結果、一律基準よりも厳しく規制すべき農薬も存在する。発がん性など強い毒性がはっきり分かっているものは不検出、そこまでのことはないが、厳しく規制すべきものは、0.01ppmよりも低い基準値が設定された。

 最終案で最も大きな変更点は、2次案で一律基準値が適用されたものの一部見直しだろう。その中には、検査法が確立されていないものも多かった。しかし、監視業務に当たる地方公共団体なども使える実用的な検査法がなければ、0.01ppmという厳しい基準を設定しても混乱を招くだけ。そこで、現状の検査法で0.01ppmまで測れない95農薬については、定量限界まで基準値が引き上げられた。
 このほか、さまざまな「留意事項」すなわちただし書きが、厚労省が作成した資料には細かく記載されているが、それは資料を参照してほしい。厚労省は今週末には、最終基準案の膨大なリストを、残留農薬サイトで公開するという。

 これまで私は、幾度となく「国内農業にとって、0.01ppmという一律基準値は厳しい」と書いてきた。農薬がドリフト(飛散、漂流)し、適用外の作物に付着残留すれば、簡単に一律基準値をオーバーしかねない。農水省などもこの問題を指摘してきた。厚労省の最終案では、残念ながらこれまでと同様に考慮されていない。

 しかし、自然を相手に農業をする以上は、予期せぬ残留は絶対に避けられない。5月18日付本欄で北九州市のドリフト問題を紹介した後、ほかの地域での似たような例もいくつか聞くことができた。

 実は、北九州の例は、原因をドリフトと確定できただけでも幸運なのだという。生産現場が本当に困るのは、その作物には使っては行けない農薬の残留が見つかっても、原因を突き止められないケースがあることだ。ドリフトなのか、土壌中の水を通して汚染されたのか、あるいは前作で使用した農薬が土壌中に残っていたのか…。どんなに調べても分からないことがある。農家にとってこんなに辛いことはない。

 やはり、月並みのようだが、リスクコミュニケーションが大事なのだろう。農産物は工業製品とは違うこと、ポジティブリスト制は国民の健康保護を第一に考えており農家には非常に厳しい制度であること、たまさか残留基準違反が見つかっても慎重に対処すべきであること。これらを、改めて消費者や流通業者、そしてセンセーショナルな報道に走りがちなマスメディアに理解してもらわなければならない。

 残念なのは、農業現場でまだ、ポジティブリスト制への関心が薄いことだ。先日、各県の農業改良普及センターの職員の方々に講演する機会があり、ポジティブリスト制の紹介もしたのだが、意外にも反応が薄い。対策をとるどころか、一律基準値という名称を聞いたことがない、という方もいた。

 自治体は近年、普及センターを続々と廃止したり縮小したりしている。職員は極めて忙しく手が回らないのかもしれない。ましてや、マスメディアにはまだ、なんの知識もない。施行まであと1年。私は講演で、普及センターの方々に「縦割り行政を超えて、厚労省の資料を読み込んでほしい。正しい知識を、生産者や消費者に伝えてほしい」とお願いした。それは、報道に携わる私自身に、そして私の仲間たちに言い聞かせる言葉でもある。(サイエンスライター 松永和紀)

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