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松永和紀のアグリ話

不正表示防止のDNA鑑定がまた農家を苦しめる?

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2005年6月8日

 農家は、田植えのこの時期が一番大変だ。米専業農家はごくわずかしかなく、多くの農家は野菜や果物などの栽培や収穫と平行して、代かきや田植えをしなければならない。辛いことこのうえない。それでも、秋の豊かな実りを目指して踏ん張るのだ。ところが、今年は高齢者などから「もうコメ作りはややこしくてできない」という声が上がり始めた。原因は、DNA鑑定だ。

 北海道で野菜農家から聞いた話を紹介しよう。北海道では、「きらら397」や「ほしのゆめ」「ななつぼし」などがよく作られる。それぞれ性質や収穫時期が少しずつ異なる。コメは、病虫害が襲来したり急な低温に見舞われたりした時に、品種や生育ステージにより被害の程度が大きく異なるため、農家はリスクを分散し収穫作業も順次行えるように、複数の品種を栽培するのが常なのだ。これが「不正表示を防ぐためのDNA鑑定」とぶつかってしまう。

 なぜか? 農家は一般に、苗を寄せ植えしてある「マット苗」を田植機にセットして植えていく。この田んぼにはこの品種、と決めて植えるのはもちろんだが、どうしても端などに来て少し苗が足りない、ということも起きる。これまでならその際に、ほかの田んぼに植えて余ったほかの品種を植えることがあったというのだ。

 さすがに、価格の高い品種に安い品種を混ぜて植えるのは農家自身も抵抗がある。しかし、逆ならばよいだろうと農家は思う。昔は、もち米品種を植えた田んぼに、苗が足りないからとうるち品種を植えることは絶対にしなかったが、うるちの田んぼに余ったもち品種を植えるのは「食味が上がってよいだろう」と抵抗感なくやっていた。高齢者などは、同じような感覚を引きずっているのだという。

 しかし、今これをやったら大変だ。2000年改正のJAS法に基づき、コメは産地や品種などを表示することを定められている。品種は外見では区別できないが、DNA鑑定されれば混じっていることはすぐに分かってしまう。混入を防ぐためには、理論的には、別の品種を植えた部分だけ分別して収穫すればよいが、狭い田んぼで機械を使って収穫するため、混入を完全なゼロにできる保証はない。

 農水省は「故意に混ぜたものではなく、分別の努力が認められれば措置はしない」と言うが、「○○町でコメの混入が見つかった」と明らかになれば、産地としては大きくイメージダウンする。そのため、特に今年はJAの指導が厳しい。1つの田んぼに複数の品種を植えることを禁じ、分かった場合にはその田んぼの米すべてを規格外のコメとしか扱わないような姿勢だという。

 私が話を聞いた農家は、田んぼ4.5haに稲を植えたが、配分がうまくいかず、結局120枚のマット苗(1枚約500円)を廃棄した。まだ若く、地域のリーダー格である彼は「結局、下手くそだったんです」と苦笑いするばかり。

 損失は決して小さくない。平均的な水田は約30a。そこに、約100枚のマット苗を植えるから、苗代は5万円。その水田から収穫できるコメは、作況が良い年でもせいぜい27俵(1俵=60kg)。北海道産コメの価格は、昨年は高くても1俵1万3000円程度だった。結局、水田1枚で売上高は多くても30万円あまりにしかならない。その中から、苗や農薬、さまざまな機械の減価償却、水管理等にかかる費用などを差し引いて行くと、利益はごくわずかしかないのだ。

 しかも、DNA鑑定が始まって、田植えでの分別に加え収穫時にも厳しく分別が求められるようになった。本当は、機械を替えてそれぞれに収穫できればよいが、そんな余裕はない。同じ機械を使って、いくつかの品種を順番に刈り入れしなければならない。品種を切り替える時には、しっかりと掃除して前の米が残らないようにしたうえで切り替える。さらに、始めの方は混入があるものとして、別にとりわける必要がある。作業がとにかく煩雑になって行く。

 そこまでやって高く売れても、利益は少ないのだ。もし、品種をうっかり混ぜてしまい「その他米穀」扱いになれば、1俵の価格は6000〜7000円程度。完全な赤字である。

 「経営を考えたら、コメなんてもう農家には作る理由がないんですよ。でも、水田は環境を守ってくれる。頑張って作って行こうってみんなで話しています」とその農家は話してくれた。実際、その地域は、大きな現金収入につながるブランド農産物を持っている。田んぼを全部、その農産物栽培に切り替えても不思議ではないが、人々は田んぼを守ろうとしている。それだけに「DNA鑑定には弱ったなあ」という一言は、私の心にずしりと響いた。

 コメのDNA鑑定は、3年前ごろから、続々と行われるようになった。行政がJAS法違反の取り締まりに用い、民間業者は「DNA鑑定済み」という一言を、商品の付加価値にする。それは、卸段階で品種を混ぜて「新潟産コヒシカリ」などと不正表示して売るケースが後を絶たなかったからだ。だが、不正を防止するはずのDNA鑑定が、農家をこんなにも苦しめる。

 おそらく多くの人が「ウソ偽りのない商品を売るのは、農業も工業も変わりなく当たり前のこと。品種を混ぜないという基本的な作業で文句を言うなんて、農家も甘すぎる」などと言うのかもしれない。しかし、「安い品種に少し高い品種を混ぜて植えても、だれの損にもならないし苗も捨てずにすむし」という農家の感覚もまた、人としてまっとうではないのか。それを許容できなくなった私たち社会の罪を、思わずにはいられない。(サイエンスライター 松永和紀)

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