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松永和紀のアグリ話

群馬発「ちょっと気になる農薬のはなし」

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2005年6月15日

 農業の盛んな群馬県が6月23日午後、東京・都道府県会館でシンポジウム「ちょっと気になる農薬のはなし」を開く。同名の解説本を3月に出版したことを記念し、群馬県の職員や生産者などが、消費者や市民団体代表と語り合う。他県がわざわざ東京でこうしたリスクコミュニケーションを行うのは異例だ。なぜ開催するのだろうか?

 群馬県は、コンニャクイモ、キュウリ、生シイタケの生産量が全国第1位、キャベツ、ウメが第2位という農業県。ところが、2003年に行われた県民意識アンケート調査でショッキングな結果が出た。「農薬の使用についてどのように考えていますか」との問いに対して、53%が「使用基準・残留基準が守られていても、農薬が使用されていることに不安を感じる」と答え、「使用基準・残留基準に基づいていれば問題ないと思う」が21%、「農作物を安定的に収穫するためにはやむを得ないと思う」は20%しかいなかったのだ。

 群馬県は、食の安全行政にも力を入れており、組織内に「食品安全会議」という部署を設け、農産物の安全確保体制として(1)生産者による農薬使用状況の記帳(2)出荷団体などによる自主検査(3)県による行政検査—-を行って、「三重の安全確保」を目指している。関係者は「群馬の3点セット」と呼ぶ。

 リスクコミュニケーションについても熱心で、「群馬県食品安全県民会議」を設け、一般消費者も公募して委員に任命して意見を聞いている。また、公開討論会も定期的に催している。5月にダイエット食品「天天素」の健康被害が出たのを受け、さっそく7月には健康食品の使い方に関する討論会を開くようなフットワークの良さもある。

 だが、公開討論会でも、農薬関連の情報不足は目立っている。消費者は「無農薬の安全な農産物が欲しい」と話す。一方、生産者は「消費者は、無農薬野菜が欲しいというが、見栄えが悪い野菜は売れないし、ちょっと虫がいるとすぐに返品してきたりクレームの電話をかけてくる」と言う。

 そこで、農薬について最小限必要な基礎知識を提供する冊子の編集が企画された。担当した県職員の菊間精一さんは「消費者と生産者は互いに、実態をよく知らないまま、相互不信を抱いている。分かりやすく情報提供ことで、不信感を解消したかった」と話す。

 庁内の関係課職員と地元紙の記者1人を集めて組織したワーキンググループで昨年度に検討。生協や市民団体の代表者6人にも「県民ご意見番」になってもらい、意見を取り入れた。

 今年3月に、「ちょっと気になる農薬のはなし 消費者のための農薬読本」として出版。96ページ、320円の小冊子。会社員一家が素朴に「農薬っていったい何だろう?」と疑問を持ち、農家に尋ねて情報を得ていく内容で、イラストを多用して絞り込んだ情報を提供している。

 農薬に関する類書はたくさんあるが、多くは専門家が書いており、詳しいが平易とは言えない。また、農薬と一言で言っても、開発や毒性研究と残留分析では、研究対象も手法もまったく異なり、農水省や厚労省の制度も複雑。一人の研究者がすべてカバーして1冊の本にまとめるというのは容易ではない。それらの点を、多くの職員や県民が関わり協力することで克服している。

 また、農薬反対論者である伯母さんが登場して、「収穫後に農薬を使うなんて論外よ」「農家の方は自家用の農作物には農薬を使わないんでしょ」などと切り込んで行くのも面白い。どんなに情報を提供されても農薬をいやだと思ってしまう消費者の感情も、大事にして答えようとしている。農薬の専門家が書く本特有の「啓蒙風味」がなく、簡潔で良い一般向けハンドブックになっている。

 7000部を印刷し、県内では既に意見交換会も開いた。東京でシンポジウムを開くのはやはり、消費者に群馬の農産物の本当の姿を知ってもらいたいからだ。群馬県の農産物の約6割は京浜に出荷されているが、3点セットまで把握している人は少ない。

 シンポジウムでは、群馬県職員のほか、生産現場の女性、市民団体「反農薬東京グループ」代表の辻万千子氏、農薬読本作成の県民ご意見番となった女性などが公開討論会を開き話し合う。

 農薬を全く使わず食料を生産するなど、絶対に無理。日本の農産物の農薬残留レベルが現状、問題のない安全レベルであることも事実だ。一方で、環境、生態系への影響を考えるならば、農薬使用は最小限にする努力も必要。最近では、ごく微量の体への影響を「化学物質過敏症」などとして主張する人たちも現れている。それらの妥協点を探すのは、本当に難しい。群馬県は、シンポジウムで結論を出したり消費者に納得してもらうのではなく、農薬について考えるきっかけにしてもらいたいのだ。

 解説本のエピローグには、農薬についてさまざまな情報を得てきた家族のイラストと共に、こう書かれている。「私たちがよく勉強して、自分で選択する」。この言葉、行政の「消費者が十分な判断材料を持てるように、情報はとことん公開しますよ」という真摯な姿勢抜きには成り立たない。本当のリスクコミュニケーションを支えるのは、行政の情報提供の覚悟と、市民の「自分で責任で選びとる」という厳しい姿勢にほかならない。(サイエンスライター 松永和紀)

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