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松永和紀のアグリ話

子供でも分かるウソはやはりやめた方が—-

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2005年7月6日

 「米国流『消費者団体への徹底批判』術」(6月22日付)と「GMこぼれおち、ずさんな調査で説得力もなし」(29日付)に、さまざまな反響をいただいた。実は、二つのコラムにも関連する内容の本をこの7月に出版した。本の内容も紹介しつつ、食に関する科学情報の読み解き方をもう少し考えたい。

 コラムには、「なんて感情的なコラムなの」などというご批判をいただいた。一方で、生協による遺伝子組み換えナタネの監視活動について、こんな考察を書き送ってくださった別の生協の方もいた。

 今回の市民参加型の調査ですが、運動にかかわってきた経験から申し上げるなら、これは、調査ではなくて結果は想定(決められている)されている運動プログラムだと思います。むしろ結果よりも参加のプロセスで、GM作物を許してはならないという感覚をより強固なものにするためのエクササイズです。そしてマスコミに取り上げられる広報効果を目的にしたものであると思います。調査についてはもし運動にプラスになる結果が出たなら、それは「儲けもの」という感覚だと思います。

 なるほど、と思う。監視集会では、調査前に配布した手引きに「一次試験は擬陽性や疑陰性が生じる場合もあるため、参考試験とする」という内容を書いているにもかかわらず、その一次試験の結果を基に「汚染が広がっている実態が浮かび上がってた」と総括してしまった。彼らにとって、科学的なデータなど本当はどうでもよいのだろう。「ずさん、いい加減」とまじめに追究するこちら側が、野暮というものなのかもしれない。

 個人や市民団体がそれぞれの主張を展開するのは、まあ当たり前である。時にはかなり妙なことを言い出す人がいるのも仕方がない。例えば、自生ナタネの監視集会でも、講演者が「モンサントポリス」の話題を持ち出した。「モンサントは警察組織を持っているんですよ。モンサントポリスが、農家の畑に入って勝手に引き抜いて、遺伝子組み換えだったら、農家を訴えているんです。

 遺伝子組み換えの花粉が飛んできてこんなことになりますから、農家は戦々恐々として農業をやらなきゃいけなくなっている」。一企業が警察組織を持てるはずがないのは、子どもでも分かる。実際に、モンサントポリスがどこの部署を指すのか、社員自身が、分からないと首を傾げる。それに、米国やカナダは訴訟社会である。農家が種子を買う時に「モンサント側が勝手に畑に入って生えているものを採取することを認めます」という一項がない限り、モンサントがこんなことをするはずがないのは自明だ。もちろん、こんな一項はない。

 講演では、こんなアジテーションが延々と続いた。そこまで至らなくとも、自分に都合のよい実験結果や現象、報告書だけを並べて不利な事柄は隠すというやり方で「ウソ」をつく人、つまり、ウソを言わずにウソをつく人が少なくない。残念ながら、遺伝子組み換え問題は、ほかの食の話題に比べても特に状況がひどい。

 この問題は、始まりからして不幸だった。残念ながら、最初の作物が認可された96年当時、遺伝子組み換えは一般市民にとっては何がなんだかさっぱりわからないものだった。行政はまだ、市民に情報公開する重要性も感じていなかったし、その方法もよく分からなかった時代だ。

 その頃は確かに、国の情報提供にもバイアスがかかっており、「国が認可したものなのだから安心に決まっている。一般国民は疑問を持たず食べておけばいい」という感覚が強かったと思う。そして、「国や企業、それに協調した科学者(=悪)v.s.対立する市民団体(=善)」という構図ができあがった。

 国の姿勢はかなり改まったと思うが、この構図は今も変わらない。いや、この構図をなんとしても維持したいがために、一部の市民団体側が提供する情報はどんどんバイアスがかかり、ウソと国や企業への誹謗中傷が増えているように思えて仕方がない。

 まあ、言われた側が名誉毀損で訴えない限り、だれが何を言おうと自由である。言われる側は抗議したくても、「市民団体に圧力をかけるなんて」と問題をすり替えられのがオチだから、動くに動けない。しかし、ウソと誹謗中傷を繰り出す人は、「この程度の情報でごまかせる」と聞き手を馬鹿にしているのだから、聞かされる市民は情報を識別する目と耳を持たねばなるまい。情報を出す側の意図を読み、別の情報も集めて自分なりの判断を下す必要がある。

 情報提供が国からであろうと市民団体であろうとマスメディアであろうと、情報を受ける側がやることは同じだ。もうご託宣はいらない。多くの情報も収集し、感情的にならず冷静に自分で考えること。それに尽きる。

 そんな考えを基に、本を書いた。「食品報道のウソを見破る—-食卓の安全学」(家の光協会、税込み1470円)。遺伝子組み換えのほか、農薬や農業資材、食品添加物など多くの具体例を挙げ、情報提供者の意図の読み方、情報収集のやり方について考察している。ウソを言わずにウソをつくとはどういうことなのか、など詳しく書いている。

 先ほど引用したメールをくださった生協の方によれば、遺伝子組み換えは「寝た子を起こさない」という理由で、議論の俎上にも上げられず、自動的に非組み換え作物を取り扱うことになっているそうだ。食品企業でも状況は同じ。無農薬野菜や無添加食品などでも、同様なことが起きているように思う。

 さてそれで、食料自給率40%のまま日本人は食べて生活していくことができるのだろうか。そんな疑問を素朴に抱えて、書き進めたつもりだ。個人で組織で多様な情報を収集して、議論を巻き起こし自分自身で判断してほしい、と願う。(サイエンスライター 松永和紀)

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