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松永和紀のアグリ話

論文ねつ造に「データはシロアリが食べてしまった」という言い訳

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2005年8月3日

 一流医学誌、British Medical Journal(BMJ)とLancetが共に7月30日号で、興味深い論文や記事を掲載した。以前に載せたインドの研究者Ram B Singhによる論文にねつ造の可能性があることを伝え、彼のこれまでの業績全般に疑いを投げかけているのだ。Singhは、コエンザイムQ10やカルニチンなど日本でも話題の成分や、アーユルヴェーダに基づく食事療法に関する論文を数多く発表している研究者。これは無関心ではいられない。

 BMJは、92年に掲載したSinghの論文を統計学的に検証してねつ造の疑いが濃いことを明らかにした論文を、7月30日号 で掲載した。92年のSinghの論文は、低脂肪・高食物繊維の食事が健康リスク低減に大きな効果を持つことを示したもの。ほかの多数の論文にも引用され、健康に関するガイドラインにも取り入れられていたが、ウソだというのだ。

 BMJは同じ号で、疑惑解明に携わった編集者の手記や、編集部内でどのようにして疑惑が生じ突き止められて行ったかを検証したフリーランスの医学ジャーナリストによる記事も掲載している。参照:BMJ7月30日号(論文や記事などが無料で読める)

 このうちの医学ジャーナリストの記事「Suspected research fraud:difficulties of getting at the truth」が、8ページの長尺もののうえ英語なので読むのに骨が折れるのだが、めっぽう面白い。Singhから投稿された別の論文を審査した研究者から「おかしい」という疑問が出されたのを皮切りに、Singhが編集部に続々と送ってくる論文に次々に疑わしい点が見つかって行ったこと/92年の掲載論文やそのほかの論文についてSinghに問い合わせをしたものの、疑いを解消するような明確な回答がなかったこと/仕方がないので、BMJ編集部が著名な統計学者に解析を依頼したところ「ねつ造の疑いが濃い」という結果が出たこと/インド政府が出資している医学評議会に調査を依頼し「疑わしい」という結果は出たものの、処分などは行われなかったこと—-など、この14年間の経過が、克明に綴られている。

 学術誌に論文がどのように掲載されるか、掲載がどのような意味を持つかを、一般の人は御存知ないと思うので、ここで簡単に説明しておこう。研究者が成果を公表するにはさまざまな方法があるが、大きく2種類に分かれる。1つは、第三者による審査を受けない場合。自分が所属する組織の報告書として出したり学会で発表したりするのがこの例だ。マスメディアなどには大きく取り上げられたりするが、科学の世界ではあまり重視されない。

 もう一つは、第三者の審査を受ける場合。それが、学術誌での掲載。研究者はまず学術誌に論文を投稿し、編集部は書かれている分野には詳しいが筆者とは直接の関わりがない専門家複数に論文を送り審査を依頼する。この専門家(レフェリー)の審査を通ったものだけが、編集部の責任において掲載されるという仕組みだ。学術誌に掲載されれば、他の研究者から科学的なデータとして認められる。さらに、学術誌にも格付けがあり、良い学術誌には質の高い論文が集まるとされている。BMJやLancetは、そのランキングの最上位に来る雑誌だ。

 Singhは、論文が学術誌に多数載っているうえBMJやLancetにも掲載されているので、世間的には超一流の科学者である。ところが、BMJの記事によれば、疑いを持ったBMJ編集部がSinghに研究した当時の記録(整理する前の実験結果など)を送るように依頼すると、「記録は、シロアリに食べられてしまった」と説明したり、「自分は白人ではないから、こんな目に遭うんだ」などと編集部にメールを送るなど、なんとも情けない行動に走る。

 また、SinghがBMJに投稿したスピルリナに関する論文について、審査したレフェリーが酷評して「これが真実なら、スピルリナの売り上げに火をつけるのだろうが」とまで言ったという。記事は、Singhにまつわる一連の経過を容赦なく明らかにしている。

 結局のところ、Singhの「不正」がそれまで気付かれなかった背景には、インドでの臨床試験の実情と食の機能性成分研究の両方に詳しい権威がいなかったことや、Singhの研究が大学や組織と無関係でどこも調べる権限を持たなかったことなどがあるようだ。

 一方、Lancet7月30日号も、2002年に掲載したSinghの論文を取り上げ、疑念を表明している。インド地中海式の食事(全粒穀物、果物、野菜、クルミやアーモンドを豊富に食べる)が、心臓疾患を予防する効果があることを示した論文だが、さまざまな間違いがあるという。Singhはここでも、シロアリなどを持ち出して弁明している。
参照:Lancet7月30日号のコメント欄(登録すれば、無料で読める)
 同様な問題は他の研究者でも起きおり、Singhと同じく著名な研究者、R K Chandoraは、ビタミン類と微量元素が高齢者の認知機能を改善させるという内容の論文を書き、学術誌Nutritionに2001年に掲載されたが、今年2月に取り消されている。

 もちろん、食品の健康機能を研究している専門家すべてがこのような不届き者ばかり、というわけではない。また、論文ねつ造が問題になっているのは食の分野ばかりでもない。しかし、日本で話題になる食品研究の多くは、この論文発表レベルですらなく、第三者による審査がない学会発表や企業の報告書掲載止まりであることは、知っておく必要があるだろう。

 7月15日付Scienceも、「活性酸素が老化を促すため、老化防止には抗酸化力のある食品が有効」という説の否定につながるような基礎研究の成果を掲載している。こうした学術誌の動向を見るにつけ、食品の機能性追究ブームはもうそろそろ終焉か、と私には思えるのだが、いかがだろうか?(サイエンスライター 松永和紀)

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