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松永和紀のアグリ話

安全ではなく制度維持のためのアセロラ残留農薬試験

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2005年8月24日

 食の安全を目指す厳しい制度は時に、滑稽で苛酷な作業を人に強いる。先日、某県の職員が話してくれた農薬に関する事例は、笑って聞くうちにだんだん、不安が押し寄せてきた。これで日本の農業の先行きは大丈夫だろうか? 今週は、アセロラという「マイナー作物」と農薬を巡る話である。

 アセロラは、100g当たりのビタミンCがレモンの30倍以上も含まれる西インド諸島原産の果実。ジュースや酢が人気だが、原材料はほとんどブラジルなど外国産。国内では鹿児島、沖縄、宮城の企業・農家が栽培しているが、生産量はごくわずかだ。

 アセロラのような、生産量が全国で計3万t以下の農作物は「マイナー作物」と呼ばれる。ラッキョウやワサビ、ズッキーニなど様々で、昔から地域の特産として栽培されてきたものと、海外から取り入れられた新しい作物に大別できる。アセロラは後者で、マイナー作物の中でも最も生産量が少ない部類に入る。

 マイナー作物には現在、大きな問題がある。使用を法的に認められた農薬が、極めて少ないのだ。農薬は商品ごとに、使ってよい作物が決められている。企業が、栽培試験データなどを提出して、農薬の残留制や薬害などに問題がないと認められた作物だけが、「適用」となるわけだ。しかし、マイナー作物は生産量が少なく農薬の使用量もわずかなので、企業はわざわざ数十万円から数百万円かかる栽培試験をしてまで適用作物にはしない。

 そのため、2003年に農薬取締法が改正されるまで、マイナー作物の栽培農家は、類似の作物に適用がある農薬を使っていた。ラッキョウならばタマネギの農薬を使う、という具合だ。大きなリスクがあるとは考えられず、農薬企業が栽培試験に積極的にならない理由もはっきりしているので、農水省も黙認していた。

 法改正を機に農水省は認めない方針に転じたが、一気に移行するとマイナー作物に使える農薬はほとんどなく、病害虫に襲われて生産に大きな支障をきたしてしまう。そこで、農水省は経過措置期間をもうけ、都道府県から申請があった農薬と作物の組み合わせについては、適用がなくても農薬を使用できるようにした。そして、農薬企業と都道府県で協力し合って栽培試験を進めるように促した。経過措置期間は今年度末で終了する。

 アセロラについては、生産者がいる沖縄、鹿児島、宮城の3県が協力して試験を進めることになった。実は、アセロラ栽培には大きな問題があったのだ。自然に栽培するだけでは実がつかず、ジベレリンを花一つ一つに散布して着果を促さなければならない。ジベレリンは天然の植物ホルモンだが、制度上は農薬の一種。もともと植物に含まれているので、花に散布したところで残留量も薬害も全く問題にならないことは最初から分かりきっている。しかし、農薬として分類されている以上は、栽培試験をやり、残留量や薬害の有無などデータをとらざるを得ない。

 ところが、この残留性試験が困難を極めた。ジベレリン処理栽培区とジベレリン無処理栽培区を設定し、それぞれ果実を採取してジベレリンの残留量を測定すればよいだけなのだが、無処理区で実がならない。

 考えてみれば、当たり前。現在ある品種は、海外でジベレリン使用を前提に品種改良を進められており、その苗木を輸入して国内で栽培している。そのため、ジベレリンなしでは実がならない。鹿児島や沖縄で何回か試験をやってみたが、すべて失敗した。無処理区の実を収穫できなければ、処理区の残留量が問題ないことを証明できない。

 各県の担当職員や生産者などは頭を抱えてしまった。そこで知恵を絞ったのが、鹿児島で栽培していた企業の社員。ユズやブドウ栽培には、幹の樹皮の一部をはいでストレスをかけ、着果率を上げたり色づきをよくする「環状剥皮」という農業技術がある。そのことに習い、無処理区のアセロラの木で環状剥皮を行ってみた。すると、なんと実がなったのだ。これで、処理区と無処理区の残留量の比較ができる。

 もちろん、実際に生産する時は環状剥皮などしない。これは、栽培試験を成立させるためのテクニック。食の安全を目指すために行われるはずのマイナー作物の栽培試験が、アセロラに関しては制度に破綻を来さないための試験でしかなくなっている。でも、関係者一同、大喜び。話を聞いていた私も、関わった人たちの矛盾に満ちた苦労を思うと、微笑まずにはいられなかった。

 読者の多くは「そんなことをしてまで、アセロラを国内栽培しなくても」と思うかもしれない。だが、話してくれたと某県担当者はこう話す。「他人が作っていない新しい作物に着目し、栽培にチャレンジして様々な障害を発見し1つずつ克服して徐々に栽培面積を増やし、儲かる作物に育てて高値で売る。マイナーには夢があります。農業振興につながります」。

 その1つの例がアセロラなのだ。宮崎県では、マンゴーがそうだった。20年近く前に導入され栽培に試行錯誤を重ね、今や贈答用として大変な人気だ。こうした例を見るにつけ、マイナー作物への意欲の芽をつんではならないと思う。

 マイナー作物対策全般の問題点や検討すべきことは複雑なので、また機会を改めて米国での取り組みなどご紹介しながら考えてみたい。しかし、食の安全という「正義」を旗印にした厳しい制度が、アセロラのような矛盾を産み出している現実も、読者の皆さんにはぜひ知っておいてもらいたい。(サイエンスライター 松永和紀)

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