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松永和紀のアグリ話

大事なことはルール作り、基準緩和ではない

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2005年8月31日

 情報はどこまで公表すべきなのか? この疑問を抱いたことがない企業・行政関係者はいないだろう。情報公開が盛んに叫ばれる昨今だが、企業秘密もある。不用意な行政発表によって風評被害が産まれる場合も少なくない。では、どこまで明らかにしたら世間は納得するのか? 実は、この問題に真正面から取り組み、公表の基準をマニュアル化した自治体がある。

 食の安全にかかわるさまざまな事案の中でも、農薬検査の結果公表は難しい。まず、かかわる法律が2つあり複雑(食品衛生法と農薬取締法)。さらに、法律違反になるかどうかということと、健康リスクの大小が一致しない。

 消費者にしてみれば、法的に問題がなくても健康リスクが大きければ、情報をありったけ公表してほしい。健康リスクが小さくても、悪質な農家や業者がかかわっている場合は、詳細を明らかにしてしかるべき措置を講じてほしい。でも一方で、事情を勘案せず情報公開に努めた場合に、複雑な情報が十分に理解されないまま一人歩きして誤解を生む恐れもある。それが農薬問題だ。

 「ならば、公表の基準をみんなで作ろう。合わせて、出荷停止などの取り扱いについても検討して、マニュアルにしよう。消費者も生産者も報道関係者も学識経験者も集めて、話し合って合意点を見出せばよいではないか」と考えたのが群馬県だ。

 リスクコミュニケーションの場「食品安全県民会議」の第10回会合(昨年10月開催)から検討を始め、県が基準案のたたき台を出し委員が意見を出す形で計3回にわたって議論した。

 県の意図は明確だ。第11回の会合で、県職員であり委員の一人でもある小澤邦寿・食品安全会議事務局長がこう発言している。「なぜこのような公表基準をつくるかというと、報道機関に発表するときに、健康被害に問題がないものは生産者の氏名や農協名まで公表するつもりがなくても、記者から求められたときに公表させられてしまうという状況があり、その結果、周辺の生産者にまで風評被害を与えたという実例がある。公表のルールをつくるということが大事で、基準を緩めるということではない。公表のルールがないと、重大な違反も軽微な違反も全部同じように生産者の情報を出さなければならなくなる」。

 会合では、「消費者の知る権利が損なわれるのでは」と心配する消費者や「厳しく自主対応するので、信頼してほしい」という生産者、研究者などが議論した。それを踏まえ、県は今年4月、「農薬事案に係る緊急時対応マニュアル」にまとめ「要領」として施行した。

 マニュアルでは、農作物を区分けして、それぞれ公表の程度と出荷の取り扱いを規定している。例えば、残留検査で無登録農薬を検出し、農薬取締法違反とみられる場合は、県が出荷停止と回収を勧告して情報はすぐに公表。集出荷組織名や直売所名など、産地を特定する情報も明らかにする。

 また、残留基準がない農薬が検出された(つまり、食品衛生法上は問題とならない)が、その農作物を摂取すると一時的な健康被害が起きる可能性がある場合は、県が自主的な出荷自粛や回収を要請し、産地などの情報もすぐに公表する。一方、同様な検出でも健康被害の原因になるとは考えられない場合には、すぐには公表せず、定期的な検査報告に回し産地名も原則公表しない。

 総括すれば、法律違反かどうかをみるだけではなく、県独自に健康リスクの大小を加味した判断を下すところがポイントだ。健康リスクは、科学的な根拠に基づきクラス分類することになっており、専門家の意見聴取などのスキームも決まっている。

 群馬県のこのマニュアル決定は、英断であると私は思う。多くの自治体では、食の安全について産業振興部局と規制部局が対立し、課長たちが2日も3日も協議してやっと広報にこぎつける、という自治体がざら。問題となった産地が、有力な大産地か弱小かによって、対応にぶれが出ることもある。担当者がだれかによって情報公開の程度も変わる。それが、自治体の現実だ。

 農家や農薬企業の間には、「自治体職員はマスコミに吊るし上げられると、情報公開という美名の下になんでも話してしまい、責任逃れをしている」という批判が根強く残っている。

 しかし、群馬県の仕組みならば、どのような事案であってもどの職員が担当しても、マニュアルに沿って、いつ、どのような形でどの程度まで公表し、出荷停止などを求めたらよいかがはっきりする。報道関係者も、県民会議での議論を通じてこのようなマニュアルを認めた以上、担当者を吊るし上げて個人情報を出させたり、無責任な「危ない」報道はできないはずだ。

 当然だが、群馬県の広報にもまだ、さまざまな意見がある。例えば、先週の斎藤クンの残留農薬分析でも、「違反ではない分についても、分析結果の詳細を広報して」という提言があった。一方、農薬企業の社員からは、「違反ではないものについては、農薬名など出してほしくない。農薬や企業のイメージダウンにもつながりかねない」という声が聞こえてくる。群馬県の担当者は「意見があったら知らせてほしい。県民会議など陽のあたるところでしっかりと議論していくことが重要だと思う」と話す。

 残留農薬問題は来年5月、ポジティブリスト制開始という大変革が待ち受けている。多くの自治体が広報段階でますます判断に困るだろう。混乱を防ぐ鍵は、群馬県の担当者が言う通り、白日の下での議論と、ぶれのない判断ではないか。ほかの自治体も、情報公開や出荷停止の基準についての議論を始めてほしいと願う。(サイエンスライター 松永和紀)

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