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松永和紀のアグリ話

ポジティブリスト制控えて残留農薬分析料ダンピング

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2005年9月14日

 100農薬検査3万円、200項目6万円—-。先週の「斎藤くん」でも触れていたが、来年5月の残留農薬ポジティブリスト制開始を前にして、検査業界では凄まじいダンピング競争が始まっているようだ。しかしその検査、正しいのか? そんなことをつくづく考えさせられる報告が、先週開かれた日本農薬学会農薬残留分析研究会でポスター発表された。

 研究会は毎年1回開かれるもので、今年で28回目。参加者は、つい数年前までは検査機関職員や農薬メーカー社員などが多く、百数十人程度だったというが、残留農薬の基準値が増えポジティブリスト制導入も決まって急増し、今年は230人に膨れ上がった。内訳も、検査機関の職員のほか食品メーカー、分析機器メーカーなど、バラエティーに富んでいた。

 興味深い発表が並んだが、私が注目したのは、和歌山市の財団法人「雑賀技術研究所」のポスター発表。自分たちの検査技能がどんなレベルにあるのかを知るために外部技能試験を受け、その「通信簿」を公開した。これがとても面白かったのだ。

 同研究所が参加したのは、FAPAS(Food Analysis Performance Assessment Scheme)。英国環境食料農村地域省(DEFRA;Department for Environment, Food and Rural Affairs)の独立行政法人「Central Science Laboratory」(CSL)が運営している試験だ。検査機関がこの試験を申し込むと、小麦粉やトマトピューレ、ベビーフードなどの食品に農薬が添加された試料を送ってくる。

 含まれる農薬の種類と量を調べ、結果を提出すると、CSLが全世界の検査機関から集まった報告書(毎回、百件程度は集まるようだ)を統計解析し、測定値が正解値からどのくらいずれており技能が検査機関の中でどの程度なのかを、数値(Zスコア)に表して返してくれる。Zスコア0.0ならばほぼ正解値、0.1ならば少々のずれを意味する。Zスコアが-2以上2以下の範囲におさまっていれば、信頼性のある結果を出せたとされる。

参照:CSLのFAPASに関するページ

 ポスター発表によれば、雑賀技術研究所は2003年から今年にかけて計11回試験を受けた。結果は、CSLをZスコアが出した試験10回すべてで、Zスコアが-2から2の間にあり、0.0に近いものも多かった。つまり、信頼性が非常に高いということ。また、残り1回の試験は、Zスコアを出すタイプではなく、農薬添加量がごく微量で定量できるかできないか、すれすれの試料を測定し、農薬を識別する内容だったが、同研究所はこれも正解だった。世界でもトップレベルの検査技能を持つことを示したと言えるだろう。

 このポスター発表は、研究所の宣伝が狙いではないそうだ。佐藤元昭・技術顧問(8月まで食品化学部長)は「検査の精度管理はこれからますます重要になる。そのことを分析に関わる人たちに認識してもらいたくて、公表しました」と話す。

 FAPASでは、参加機関は自分の結果と検査技能のレベルが分かるだけ。ほかの機関の結果は数字では示されるが、機関の名称は伏せられている。また、検査結果が正解値から大きくはずれ「信頼できない」と判定されても、その原因までは教えてくれない。参加機関はひたすら技能を磨き、自分たちの結果を正しい値に近づけていくしかない。そんなストイックさゆえに、FAPASは全世界の検査機関の信頼を勝ち得ているのだろう。

 さらに興味深かったのは、雑賀技術研究所が戻ってきたレポートの数字を基に、ほかの参加機関の傾向を分析した結果だ。試料に入っている農薬が分かっている場合には、多くの機関が正解値に近い検査結果を出せる。ところが、分かっていないと結果がばらつき、入っていない農薬を検出したと報告してしまったり、逆に入っている農薬を「検出せず」としてしまう機関も出てきてしまう。残留農薬検査が、人の繊細な心持ちによって結果が大きく変わってしまうほど微妙なものであることを物語っている。

 研究会会場では、雑賀技術研究所のポスターを見ながらひそひそと「うちも出したことがあるんだけど、とんでもなくはずれちゃって……」などと話している人たちを何人も見かけた。ほかの国内検査機関や食品企業の一部も参加しているが、信頼できる結果を常に出すのは容易いことではないという。

 野菜など農産物を正しく検査分析するのは、この外部試験よりもさらにうんと難しいそうだ。まず、どんな農薬がいくつ残留しているかが分からない。また、野菜や果物など生の試料を測定する場合には、粉砕均一化の工程で野菜や果物がもともと持つ酵素などが残留農薬を分解してしまうことがあり、要注意だ。分析にはお金もかかる。正しい測定には数千万円もするような高度な装置が不可欠。消耗品もかなりの金額に上る。こうした現実を知れば、検査を簡単にダンピングできるものではないことが分かるだろう。

 無登録農薬が問題になった2002年ごろ、スーパーなどは無登録農薬が使われていないことを残留農薬検査で証明させようとした。しかし、検査機関は検査員も装置も限られているから、依頼があっても検査をむやみに引き受けるわけにはいかない。すると依頼者の中に、一万円札数十枚をどんと出して、「もう検査はしないでいいから、白紙の検査報告書をくれ」と懇願した人がいたという。ある分析機関の方から聞いた話だ。依頼者は、検査に真の値ではなく「検査を受けた」という体裁を求めたのだ。

 残留農薬ポジティブリスト制開始に向けて、体裁を求める人がまた増えないだろうか。そんな要望に応えて、真の値を出せないことが分かっていながら検査をして証明書を発行する分析機関が現れないだろうか。心配である。(サイエンスライター 松永和紀)

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