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松永和紀のアグリ話

GMナタネ交雑に「雑種崩壊」理論加わり一段上の議論へ

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2005年10月5日

 雑種崩壊という言葉を御存知だろうか。9月29日にあった遺伝子組み換えナタネに関する国の「生物多様性影響評価検討会」で、この雑種崩壊について真摯な議論が行われた。傍聴していた私は、研究者がここまで一般人とのリスクコミュニケーションを意識した議論を行えるようになったことに、ある種の感慨を覚えた。紹介したい。

 検討会では、遺伝子組み換えされたセイヨウナタネを輸入や運搬、栽培などする場合の日本の生態系への影響が検討された。これらは既に認可されているが、昨年2月に新たに施行されたカルタヘナ法に基づき、再度審査が行われたのだ。

 ナタネは、こぼれ落ちによる自生問題に関心が集まっており、在来植物と交雑して組み換え遺伝子が生態系に広がり影響を及ぼすのではないか、と心配する市民がいる。検討会は、さまざまな実験結果や多くの文献報告などを基に、「生物多様性影響が生ずるおそれはない」と判断し、報告をまとめた。

 私は、この判断は科学的に妥当だと思うが、関心がある方は検討会に出された資料を読んでほしい(まだ、農林水産技術会議のページにアップロードされていないが、市民の関心は非常に高いので、早急に出してほしい)。

 雑種崩壊という言葉が出たのは、こぼれたセイヨウナタネと国内に自生している近縁種との交雑の影響をどう報告に記述するか検討した時のことだ。セイヨウナタネの学名は、Brassica.napus。近縁種として日本には、Brassica.rapa(カブやコマツナ、在来種ナタネ等)やBrassica.juncea(カラシナ、タカナなど)などがある。文献調査では、B.napusが交雑する確率は相手がB.rapaでなど0.4〜13%、B.junceaで3%だったという。

 検討会に出された報告案では、こうした数字を示した後に、「交雑したとしてもこれらの近縁種はそれぞれ染色体の数や構成が異なっていることから、交雑で生じた種間雑種の花粉や種子の稔性は著しく低下することが示されている」という文章が入っていた。

 これに対して、岡山大学資源生物科学研究所長の武田和義委員が「雑種崩壊というメカニズムがあるのだから、この言葉を入れた方が良い。自然は、交雑というアクセルも踏むが、雑種崩壊というブレーキも的確に働かせる。市民に両面あることを認識してもらいたい」と述べたのだ。雑種崩壊は、異なる種が交雑して雑種を作った場合に1代目は生育も生殖能力も正常なのに、さらに繁殖した2代目以降は生存力や生殖能力を失い、絶えてしまう現象だ。

 生物種は進化の過程で分化してきた時に、生殖を隔離する機能を持つようになっている。例えば、交尾期や開花期がずれる/生殖器官の構造が異なって交尾、交配ができない/受精はできても胚が分裂しない/種子ができても生存力が非常に弱い—-など、さまざまな段階で多くの隔離機構がある。

 雑種崩壊もその一つの現象なのだが、どうして雑種2代目以降に崩壊してしまうのか理由はまだ分かっていない。育種家が、人にとって有益な品種改良を目指しても、自然のブレーキは強力でなかなか前には進ませてくれない。育種の専門家である武田委員の率直な言葉は、その体験から発せられたものだろう。

 これに対して、小野里坦委員から意見が出た。「身の回りの顕花植物の70〜90%は、遠縁の交雑に由来している。新たな種となる確率は極めて小さいけれども、起こりうる。これを否定することはできない」と言うのだ。

 少々分かりにくいので解説すると、地球上の有性生殖10億年の歴史の中で、異種同士の交雑は起きてもほとんどは絶えてしまっている。しかし、交雑で非常に稀に、ラッキーな組み合わせが生じ、新しい変異となり種に分化することがある。それが、生物の進化にもつながり、だからこそ地球上に多様な種が存在する。

 小野里委員は、フナの雌性発生研究や魚の育種で有名な研究者(JT生命誌研究館に紹介記事がある)。小野里委員も、自然の神秘に触れその力に圧倒されながら、人の暮らしへの利用を目指したはずだ。そんなバックグラウンドが、指摘につながったのではないか。

 これを受けて武田委員は「大事なポイントなので、もう少し議論したい。これまでサイエンティストの慎重な姿勢が、一般の人々に誤解を与えてきたのではないか」と述べた。そして、新たな種になる確率は極めて低いという科学的な事実を踏まえたうえで、一般人にも分かりやすく象徴的な言葉である「雑種崩壊」で説明することの意義を強調した。検討会では、雑種崩壊を示す論文がいくつもあることも紹介されて、最終的に雑種崩壊という言葉を入れた報告書にすることでまとまった。

 単に一つの言葉を入れるか入れないかの些末な議論に見えるが、それは違うと思う。雑種のほとんどが絶えてしまうのは現実であり、遺伝子組み換え推進派の一部は、「雑種は生きていけないから、遺伝子組み換え作物を栽培しても問題ない」と言う。

 一方、確率は極めて低くとも、雑種が生物の進化につながるほど大きな存在になりうることもまた、研究者が合意する事実であり、反対派は「こぼれ種が近縁種と雑種を作り生態系に影響する」と言う。両派とも片方の現象だけを見て主張しているに過ぎない。どちらかだけを見て、遺伝子組み換えを語ってはいけないのだ。私たちヒトは、どちらの現象も起こしうる自然、生態系の大きな力に畏敬の念を覚え、両方を見て何をするか決めなければならない。

 2人の専門家とも、相手を論破しようと発言しているわけではなかった。自然に感動しその不思議なメカニズムと多様性をヒトに役立てようと長年努力してきたからこそ、互いに共感し、経験を踏まえて遺伝子組み換えを見つめ、評価しようとしているように見えた。こうした自然を謙虚に見据えた議論の中身を、多くの人たちに伝えたい。それが私のような科学ライターの仕事なのだ、と改めて思う(サイエンスライター 松永和紀)

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