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松永和紀のアグリ話

タミフル効かない事態も…本当は怖い鳥インフルエンザ

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2005年10月19日

 危機感を煽る過剰報道は止めるべきだ—-。さまざまな場で私はそう書いてきたが、これはもう少し報道した方がいい。鳥インフルエンザのことだ。この数週間に出た科学論文の内容や海外での発生状況を見る限り、もっと克明に科学的な報道を展開し一般市民にも警戒感を深めてもらうべきではないかと思う。そうでないと、パンデミック(世界的な大流行)が始まった時にパニックが起きてしまう。

 高病原性鳥インフルエンザ(H5N1型)が2年前、国内で79年ぶりに発生した時の報道は凄まじかった。過剰でヒステリックな責任追及は、養鶏業者を不幸な自殺に追い込み、「世界で6億人が死亡する」というような予測が乱れ飛んだ。ところが、今夏の茨城県での弱毒性鳥インフルエンザ(H5N2型)の流行終息以降、鳥インフルエンザに関する重要な科学論文が続々発表され海外各地で感染が報告されているというのに、日本のメディアは断片的な報道にとどまっている。

 しかし、鳥インフルエンザは確実に危機を招きつつあるように私には思える。WHOの集計に寄れば、H5N1型に感染した人の数は、インドネシア、ベトナム、タイ、カンボジアで計117人。うち60人が死亡している。鳥での発症は、これらの国の他、モンゴル、ロシア、カザフスタンで確認され、今月に入って欧州(ルーマニアとトルコ)でも確認された。(国立感染症研究所感染症情報センターで、最新の集計結果を読める)。

 科学誌にも、極めて重要な論文が相次いで掲載されている。10月6日付「Nature」は、米国陸軍病理学研究所の研究者が1918年のスペイン風邪患者の遺体標本からウイルスを単離しアミノ酸配列を調べ、鳥インフルエンザウイルスと非常によく似ていることを突き止めた論文を掲載した。

 1918年のスペイン風邪では、世界で死者が4000万人に上ったと言われているが、ウイルスは流行の直前に鳥から人に移り、人から人へ、という爆発的な感染を引き起こしたとみられている。しかも、その時に起きたと考えられる10個のアミノ酸変化と同じ変化が、H5N1型の鳥インフルエンザウイルスにも既に起きている。

 H5N1型は現在、鳥の間で流行し、鳥から人への感染も一部で確認されている。ということは、H5N1型がスペイン風邪と同じような人から人への感染、つまりパンデミックにつながる可能性が多いにある、ということだ。

 7日付「Science」は、米疾病対策センター(CDC)の研究を掲載している。米国陸軍病理学研究所が解読した塩基配列を使ってスペイン風邪ウイルスの復元に成功。ニワトリの受精卵やマウスなどに鳥インフルエンザと同様に感染し、強い致死性を持っていることを確認した。

 これらのことから、今後H5N1型のパンデミックが確実に起きるとみる研究者もいる。その一方、「衛生も栄養状態も改善され、医療技術も進み薬剤も開発されているのだから、スペイン風邪のようなことになるはずがない」という意見もある。根拠の一つが、タミフルの存在だ。

 スイスの製薬会社Rocheが開発した薬で、発症後48時間以内に飲み始めることでウイルスの増殖や拡散を防ぐとされる。ウイルスは変異しやすく薬剤抵抗性を獲得しやすいが、タミフルは耐性が出にくい薬とされて、日本を始めとする世界各国が備蓄に努めている。

 ところが、20日付「Nature」には、このタミフルに耐性を持つウイルスが見つかったという衝撃的な論文が掲載される。東京大医科学研究所の河岡義裕教授らが、ベトナムで患者を看病し症状が出てタミフルを飲み回復した少女から採取したウイルスを解析。すると、耐性ウイルスが見つかったのだ。

 今のところ、耐性ウイルスはこの1例だけ。このウイルスはほかの薬剤には耐性を持っていないため、薬剤を上手に使い分けることで対処できる。しかし、タミフルを「特効薬」視し依存する対策は、転換すべきだろう。

 「Nature」は、鳥インフルエンザ報道には極めて熱心で、今年5月26日号でも大特集を組んでいる。その中に、次のような文章がある。「数カ月のうちに先進国で数百万人が、世界中で数千万人が死ぬ—-。これは、ハリウッドファンタジーだろうか? いや、十分ありうるシナリオだ」。だからこそ、「Nature」はたびたび論文を掲載し、対策を提言してどのくらいのコストがかかるか見積もり、中国など対策が遅れた国の現状も丹念に伝え続けている。

 「nature」には、情報が逐次掲載されて行くブログまである。また、今月6、7日に「Nature」と「Science」が相次いで取り上げたスペイン風邪に関する研究は、データを公表することでバイオテロなどに悪用されるのではないか、という懸念があった。両誌とも十分に検討を重ねた上で、鳥インフルエンザの被害を小さくするのに役立つ新たなワクチンや薬剤の開発につながりベネフィットがリスクを上回るという判断から、掲載に踏み切った。その検討の経緯も、掲載されている。

 一連の話は、対岸の火事ではない。対策には費用がかかる。バイオテロに対する警戒は、日本人も持っていなければならない。厚労省と農水省の十分な連携、というよりも国ぐるみの取り組みが必要だろう。パニックを防ぐために、今こそ科学的に正しい情報を十分に提供する必要がある。

 17日、WHOの李鍾郁事務局長が、人の間での新型インフルエンザ大流行が起きると断言した、という報道が流れた。重要なのは、WHOの事務局長が言ったという「現象」を伝えるだけではなく、その根拠も一緒に伝えることだ。(サイエンスライター 松永和紀)

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