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松永和紀のアグリ話

納豆も週刊誌も、売るためには真実を書かないのか

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2005年10月26日

 記事は3ページも続くのに、肝心なことが伏せられた。その結果できあがったのは、「納豆の健康神話に偽り」という記事—-。11月4日号「週刊ポスト」(小学館)である。遺伝子組み換えが、薬害エイズ事件やアスベスト公害問題と同列の「災厄」に祭り上げられている。ウソは書かないが、事実の一部を欠落させることで、本質とは異なる扇情的な内容にする週刊誌の熟練の手技。とくとご覧あれ。

 ぜひ、書店に行って立ち読みしていただきたい。くれぐれも「買ってはいけない」(私は、電車の中吊り広告を見て唖然として、キヲスクで買ってしまったが)。でかでかと誌面に躍る見出しはこうだ。

あなたは「納豆」にだまされている!
「健康神話」に偽りはないか
不使用表示があっても「米国産遺伝子組み換え大豆入り」は行政の常識だ

 取り上げられているのは表示制度の問題点。非遺伝子組み換えの流通においては、組み換え品の「意図せざる混入」は防げないという理由で、5%までの混入が認められている。しかし、消費者の中には、「遺伝子組み換えでない」との表示があれば組み換え品の混入率はゼロだと思い込んでいる人が多い。このことを指摘した記事だ。

 論旨はかいつまんで書くと次の通り。
(1)遺伝子組み換えは元来、自然界にはなかったもので、将来、人体にどのような影響があるか、十分な疫学調査が行われていない
(2)そうしたことから、遺伝子組み換え大豆の商業栽培は日本で行われていない
(3)安全性に不安を抱く消費者団体の運動などにより、遺伝子組み換えの表示制度が作られた
(4)しかし、この制度では「遺伝子組み換えでない」と表示があっても、「意図しない」ものとして5%までの混入が認められている

 記事は、こう主張する。「5%以下なら表示の義務なしというすき間に、今後特定の業者の甘えや悪意が入り込む可能性は否定できない。その曖昧さを放置する行政には、やはり驕りと怠慢が見える。(中略)薬害エイズ事件やアスベスト公害問題を見るごとく、行政の後手後手の対応が、後に思わぬ災厄を招くことがある。それでは“あとの祭り”だ」

 細かな間違いがあるが、それには目をつぶろう。だが、大事なことが抜け落ちている。それは、現在市場に流通している遺伝子組み換えダイズが、国による食品安全性評価が行われた上で認可されている、という事実である。

 国は、組み換えダイズと非組み換えダイズは実質的に同等であり、安全性に違いはない、としている。表示制度が作られたのも、安全性の優劣を示すためではなく、組み換え食品を食べたくないという消費者の選択の権利を認めたものである。私は、表示の仕組みができた2000年当時、農水省を取材したことがあるが、担当者は最初からそのことを力説していた。

 確かに、一部の市民団体などは「遺伝子組み換えは、疫学調査が行われていないから危ない」と主張する。記事は、「遺伝子組み換えは危険」とは一言も書かずに「疫学調査が行われていないから日本では商業栽培が行われていない」と書くことで、危険なものであることを匂わせる。

 だが、疫学調査が行われていないからいけない、という論理がまかり通れば、食べられる食品はない。例えば、野菜の多くに発がん物質が含まれているが、疫学調査などだれも要求していない。ダイズのホルモン作用も、最近米国などで問題になっているが、日本人はだれも気にせず平気で何百年と食べてきたはずだ。

 納豆の遺伝子組み換え問題を取り上げるなら、実質的同等性という概念に賛否両論あるにせよ、国が組み換え大豆は非組み換え大豆と同等に安全と認めているという事実は、必ず書かなければならないだろう。それが記事にはない。

 取材不足でそのことに気付かなかった、という事態は考えにくい。農水省の担当者は口を酸っぱくして説明したに違いない。記事に書いてしまうと、「危ないものを、実はあなたは食べている」というセンセーショナルな感じが失せてしまうから、巧妙に避けたとしか思えない。そして、「表示制度に問題=食の安全に揺らぎ」と話をすり替え、結びに薬害エイズやアスベストを持ち出して恐怖感を煽る。下品極まりないし、引き合いに出す患者さんたちに対しても失礼だ。

 こういう記事を読むと、不思議になるのだ。ライターならだれでも、きちんとした取材で物事の本質に近づき読者に伝えたいという欲求がある。よく「週刊誌は売れるならなんでも書く媒体だから」と切り捨てる人がいるが、私はそうは思わない。多くのライターや編集者が、プライドを持って問題の本質に切り込もうとしているはずだ。

 なのに、この書き手は根幹の事実を隠した。原稿を受け取ったデスクもプロなら、遺伝子組み換えに関する知識はなくても原稿の詰めの甘さ、曖昧な語句の羅列には気付いたはず。なのに、記事として世に出した。やっぱり売れればよいのか? 彼らの書き手、作り手としての自負はどこへ? こんなことをグダグダと書いているから、やっぱり私は儲からないライターなのか?

 まあ、それはさておき、立ち読みでそのテクニックを存分にご堪能いただきたい。新たなトンデモ記事に出会った時に楽しめる「目」を十分に養うために。(サイエンスライター 松永和紀)

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