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松永和紀のアグリ話

環境リスク管理学・中西準子氏裁判の真実に迫る1

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2005年11月2日

 化学物質の環境リスク管理学を研究している中西準子氏が今年3月、自身のサイトに書いた文章が名誉毀損にあたるとして、日本内分泌攪乱化学物質学会(環境ホルモン学会)の会員である京大教授から訴えられた。私は、注目し傍聴もしてきたのだが、中西氏が9月末、違法提訴として反訴し、裁判所に決定的な証拠を提出したことで、事態はがらりと変わったと思う。ところが、多くの人は裁判の経過を知らない。そこで、今週と来週の2回にわたって、この裁判を「情報伝達のゆがみ」という点から考える。

 この問題は、食の安全と機能とは直接は関係がないのだが、情報の取り扱いという点では、本欄の読者にも参考になる部分が多いはずなので、取り上げたい。京大教授による提訴が新聞で報道された3月当時、何が起きたのか私にはさっぱり分からなかった。というのも、「名誉毀損だ」と問題にされたページは、中西氏のサイトで12月にアップロードされたものであり、中西氏は1月に削除していたからだ。抗議を受けたことが記されており、「きちんと調べて私なりの見解を出すまでの間、引き下げる」と説明があった。

 だが、3月に提訴はなされた。そして、私は原告被告双方が裁判所に提出した書面を読んだことで、事態がなんとか飲み込めた。訴状や準備書面、証拠などは、原告被告双方のものが中西氏の支援団体「ネット評論と濫訴を考える会」によって環境ホルモン濫訴事件:中西応援団で公開されている。

 私なりに把握した経過は次の通りだ。始まりは、環境省主催で昨年12月に開催された「第7回内分泌攪乱化学物質問題に関する国際シンポジウム」の第6セッション「リスクコミュニケーション」。独立行政法人産業技術総合研究所の化学物質リスク管理研究センター長、中西準子氏は座長として、京都大学地球環境学大学院教授の松井三郎氏はパネリストの一人として参加した。

 松井氏は、スライドを使って発表した。その内容がどのようなものだったのか。松井氏側(原告側)が裁判所に提出した甲9号証(陳述書)から抜き出すと、次の通りだ(注;抜粋が恣意的にならないように注意した。が、なるべく甲9号証全文を読んでいただきたい)。

(前略)ダイオキシンが有害な理由として、細胞内のAh受容体に認識され、多くの遺伝子を動かしてかく乱を起こした後に、解毒代謝を受けることができず、細胞内に滞留し続けることを指摘しました。(中略)続いて京都新聞記事を見せましたが、その時、新聞記事の研究内容とは別に、私自身が以前からナノ粒子‐特に、フラーレン炭素(炭素数60個で構成されるサッカーボール状の粒子)の細胞内外挙動を心配しており、京都大学の別の研究者と連絡を取っているが、研究が遅れていると発言しました。発言のポイントは、ナノ粒子〔粒子径がナノメートル(10億分の1メートル)のサイズであるもの〕の危険性として、容易に細胞内に侵入し、細胞外に排出される機構が分かっていないことが問題であると指摘したわけです。つまり、ダイオキシン‐インディルビンの環境ホルモンの研究成果を踏まえて、科学者がどのように知見を利用するか、という点からの指摘を行ったもので、環境ホルモン研究は現在進行中であり、未知の問題が沢山あり、重要であると発言したわけです。(後略)

 京都新聞の記事は、「ナノ粒子脳に蓄積 動物実験で判明 米、毒性評価を研究へ」という見出しがついていた。これに対して、中西氏は自身のサイトで12月24日、批判した。これも、甲1号証 http://www.i-foe.org/suitor/k1.html から一部抜粋しよう。

 パネリストの一人として参加していた、京都大学工学系研究科教授の松井三郎さんが、新聞記事のスライドを見せて「つぎはナノです」と言ったのには驚いた。要するに環境ホルモンは終わった、今度はナノ粒子の有害性を問題にしようという意味である。(中略)いずれにしろ、こういう研究結果を伝える時に、この原論文の問題点に触れてほしい。学者が、他の人に伝える時、新聞の記事そのままではおかしい。新聞にこう書いてあ るが、自分はこう思うとか、新聞の通りだと思うとか、そういう情報発信こそすべき ではないか。情報の第一報は大きな影響を与える、専門家や学者は、その際、新聞やTVの記事ではなく、自分で読んで伝えてほしい。でなければ、専門家でない。

 松井氏は、この記述のうち、1)「環境ホルモン問題は終わった、次はナノ粒子問題だ」というような発言をした2)新聞記事のスライドを見せたが原論文を読まずに記事をそのまま紹介したという記述は、事実に反するとともに松井氏の名誉を著しく毀損するものである、として提訴したのだ。(訴状参照

 反訴で、中西氏側が決定的な証拠を提出するまでは、この内容しか分からなかった。そして、私は心の中で「中西先生も結構えげつないことをするなあ」などと思ったものだ。インタビューした時に、相手の言葉をそのまま断片的に引用したのでは、読者になかなか意味が通じないことがある。そんな時は、コメントの後に「つまり〜」などで始まる文章を補って解説し、発言の意図をより明確に浮かび上がらせる。これは、文章上のテクニックだ。

 読者はざっと読み流すから、その人自身が言った言葉と錯覚しがちだ。発言者の意図をよく汲み取って行えば、「私がうまく言えなかったことを説明してくれた」と感謝されることも多い。だが、逆も可能だ。断片的な言葉だけを抜き出し、発言者の意図とずれた解釈を付ける。言葉自体にはウソがないから、発言者は泣き寝入りすることになる。

 松井氏が多くの言葉を費やしてナノ粒子について説明したのに、わざと「つぎはナノです」という言葉だけを抜き出し、その後に中西氏が自分の解釈を付けることで、松井氏が意図した内容を巧妙にゆがめたとしたら—-。裁判所で名誉毀損が認められることはないだろうが、学者としては問題ある姿勢だ。情報を伝える者としての倫理感も問われることになるだろう。

 私は、中西氏を研究者としてはもちろん、社会の事象に思いがけない角度から切り込み本質を明らかにする「ジャーナリスト」としてとても尊敬していたから、中西氏が情報をそのようにゆがめたとは信じたくなかった。

 そしてこの9月、中西氏は決定的な証拠を横浜地裁に提出し反訴した。シンポジウムの録音テープである。松井氏の発言がすべて明らかになった。これもぜひ、裁判所に提出された乙5号証の2 をお読みいただきたい。

 松井氏は、甲9号証で主張したような内容を、当日いっさい言っていない。ダイオキシン研究とナノ粒子研究を類似性を示す発言は全くなく、いきなり新聞記事を見せて「今回学んだ環境ホルモンの研究はどうやって生かせるのか。私は次のチャンレジはナノ粒子だと思っています」と言っていた。さらに、新聞が取り上げた論文の中味を紹介することなく「ここに書いてあるようにナノ粒子の使い方を間違えると新しい環境汚染になる」と発言していた。

 中西氏は事実を指摘し、自分の意見を述べていたに過ぎない。そしてその意見は極めて妥当なものだ。私はそう確信した。(次週につづく)(サイエンスライター 松永和紀)

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