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松永和紀のアグリ話

環境リスク管理学・中西準子氏裁判の真実に迫る2

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2005年11月9日

 環境リスク管理学の研究者、中西準子氏が名誉毀損で訴えられた裁判を、情報の伝達という観点からとらえた場合、最大のポイントは原告側が提訴した時に出したプレスリリースにある、と私は考えている。実は、裁判に勝つか負けるかは本質ではない。マスメディアや市民の情報識別の「目」が問われている。

 前回の本欄で、裁判の経緯について記した。シンポ会場で何があったのかを物語る決定的な証拠は、第三者が偶然録音していたテープ。中西氏は9月、このテープを裁判所に提出し松井三郎・京大教授を反訴した。反訴状その他の資料も、環境ホルモン濫訴事件:中西応援団でアップされている。

 だが、ことの本質は、提訴時に松井氏側が出したプレスリリースにある。プレスリリースは、中西氏が自身のサイトで松井氏の言動について(1)「環境ホルモン問題は終わった、次はナノ粒子問題だ」というような発言をした(2)新聞記事のスライドを見せたが、原論文も読まずに記事をそのまま紹介した—-などと記述した、と説明する。そして、これらの記述が事実に反するとともに松井氏の名誉を著しく毀損するものであり、中西氏は松井氏の抗議を受けて記事を削除したが名誉回復措置を講じていない、などと中西氏を非難する。

 これはあくまでも、中西氏の記述(甲1号証)を松井氏が読んでどう受け止めたか、ということ。私は、同じ記述を読んでも同じようには受け取れない。特に(2)は完全に的外れ。誤読したとしか思えない。削除のニュアンスも、中西氏が自身のサイトで説明していることと微妙に異なる。しかし、新聞社2社と通信社1社は、訴状とプレスリリースを基に、提訴を報じたのだ(中西応援団で、2社の報道内容も読める)。

 もし記者が中西氏の記述を読んでいれば、「プレスリリースの内容はずれているな、プレスリリースを基に報じると、逆に自分たちが中西氏の名誉を傷つけかねない」と感じたのではないか。しかし、どのメディアも「削除した文章を読ませてほしい」と要望することはなかった。中西氏によれば、記事化した3社のうち1社は電話をかけてきて提訴された感想を求めたが、中西氏は訴状を見ていなかったので答えられなかった。1社は、留守番電話のみ。1社は、まったく接触してこなかった。世の中のどんな事象も、どこからだれが眺めるかによって全く違って見えるものだ。だが、報道3社は松井氏側のプレスリリースを受け、松井氏側の「社会に知らしめたい」という意図に乗ったのだ。

 3社の責任が問われるが、あえて書き添えれば私も記者として同じ局面に立たされれば、同じことをしたかもしれない。限られた時間での取材執筆だ。記事中で「訴状によれば」「プレスリリースによれば」と引用すれば、それがいくら一方的な言い分であったとしても、新聞社が責任を問われることはない。「裁判の結果、それはウソだということになるかもしれないけれど、訴状に書いてあったのは事実でしょ」というわけだ。

 プレスリリースでもう一つ注目すべきは、後段の「提訴に至った理由」である。中西氏は、環境ホルモン問題は終わったと考えている/しかし、それは誤りであり見過ごせない/だから、松井氏は貴重な研究時間を割いて提訴に踏み切った—-などと書いてある。驚くべき論法である。これがまかり通るなら、研究者も科学ライターも科学的批判など全くできなくなる。なぜならば、「提訴された」という事実は社会的な制裁にもつながるものだからだ。例えば、一介のライターである私が批判記事を書き、立派な肩書きがある研究者から提訴されたとしたら。裁判の中味いかんに関わらず、出版社は面倒なライターを敬遠し仕事の発注は停まり、社会的に葬り去られるのではないか。

 尊敬する中西氏と同じことがもし私にも起きたら、と考えるなど、おこがましいにも程がある。「君は影響力がないから提訴されないよ」と笑われそうだ。中西氏は影響力があるからこそ提訴され、プレスリリースされた。マスメディアは深く取材することなく報道し、中西氏は「見せしめ」にされた。そして、透けて見えるのは、訴えた側が日本内分泌攪乱化学物質学会(環境ホルモン学会)の会員であり、中西氏は環境ホルモン問題の欺瞞を問い続けた研究者であるという長年の対立関係—-。それが、私から見たこの裁判の真相だ。
 中西氏は、プレスリリースとその後の報道によって、大きな被害を受けたと私は思う。しかし、反訴にあたって中西氏はプレスリリースを出さず、自身のサイトに記しただけだった。そのためか、提訴を報道した3社を含めどこのマスメディアも、反訴を報じていない。私は中西氏から次のようなメールをいただいている。「マスコミに頼らなくとも、個人の意思を伝えることができる時代になった。一人でも伝えることができるという気持ちと努力が必要ではないか。一人で伝える努力をせずに、マスコミの悪口を言うのは、結局マスコミに頼っているからではないかといつも思っています」。中西氏は、自身のサイトで意見を書き続けている。私も、人としてこうありたい、と思う。

 さて、報道する側はどうしたらよいものか。私自身も書くことで、“加害者”にも“被害者”にも成りうるのだ。だが、提訴自体を非難するのは難しい。どれほど良識のない行動であったとしても、他人を提訴する権利はある。不当だと思えば反訴して戦うしかない。ならば少なくともマスメディアは、「プレスリリースが出たから即記事にする」のは止めるべきだろう。速報をあきらめ、両方の当事者にあたるという取材の基本に立ち返るのも、大切なことだ。

 市民も、○○新聞が書いたから、えらい人が主張しているから、中西氏が言うことだから、正しいと思うのでなく、自分の目で情報を吟味したい。幸い、今回の裁判では、裁判所に提出された書類が市民の手で公開されており、だれでも読んで判断できる。それがネットの力だ。裁判の傍聴もできる。横浜地裁での次回口頭弁論は今月17日11時半から。松井氏側が反訴に反論することになっている。市民の筋の通った反応が、科学者の感情的な行動の防止につながるはず。科学について自由に議論でき、批判し批判されてより高みを目指せる社会を目指したい。 (サイエンスライター 松永和紀)

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