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松永和紀のアグリ話

天災リスクに備えて食の安心提供する農業とは

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2005年11月16日

 今月初め、宮崎県を訪れた。来年5月に始まる残留農薬ポジティブリスト制の取材が目的だったのだが、9月の台風14号被害の爪痕の大きさに驚いた。総被害額は1300億円あまり、農業関係の被害も162億円に上る。米や果菜類はもとより、近年贈答用フルーツの主力にのし上がったマンゴーも、ハウスをつぶされ木が枯れる大打撃を受けていた。そうだ、忘れていた。農業には天災という大リスクがあるのだ。

 台風14号により、宮崎県内は記録的豪雨に見舞われた。土砂崩れが起こり、河川の堤防が切れるなどして広範囲に冠水し、計13人が死亡。26人も怪我を負い、住宅被害は全壊や床上浸水など約9000戸に上った。もちろん、他県でも大きな被害が出た。

 ところが、8月末に米国を襲ったハリケーン「カトリーナ」の被害の大きさの陰に隠れて、国内の惨状は忘れ去られてしまった。宮崎の農産物の中でも、マンゴー(アーウィン種)はもっとも打撃が大きかったものの一つだ。インド原産の果物で、宮崎では約20年前に西都市で栽培が始まった。摘果や剪定技術、冬から春先にかけてのハウスでの温度管理など試行錯誤を重ねながら栽培技術を確立。また、収穫時に実1つひとつにネットをかけ、実が完熟してネットに落ちるのを待って収穫することで、糖度の高い実を4月上旬から8月まで安定して出荷できるようになった。

 県内生産量は2002年が396t、03年436t、04年550tと急増し、東京や大阪の市場でも扱われるようになった。特に、糖度15度以上、重さ350g以上で外観が青みがかっていない最高級品は「太陽のたまご」と名付けられ、昨年のお盆の頃には、末端の販売価格が1玉1万円を超えたものも出たほどだ。

 その、べらぼうな高値がついた「太陽のたまご」の産地が、西都市だ。同市の農家は、真っ先に栽培に着手し工夫を重ねただけに技術力が高い。年間生産量は132t(05年)だが、その5割強が「太陽のたまご」として売られる。

 ところが、台風で川の堤防が数カ所切れて、大きな被害を受けてしまった。JA西都職員の沼口明典さんが教えてくれた。「堤が切れて土砂や水がハウスに一気に押し寄せてきました。鉄骨が曲がり、木も根こそぎ抜かれた。翌日、完全につぶれてしまったハウスの前で呆然と立ち尽くす生産者がいました。僕は辛くて近寄って声をかけることもできなかった」(写真参照、撮影は沼口明典氏)。マンゴー部会には31人が所属するが、10人のハウスが壊れた。浸水もあり、大なり小なりなんらかの被害を受けた農家は計23人に上る。

 ハウスが壊れた農家は深刻だ。マンゴーは植えてから最初の収穫を得られるまで少なくとも4年はかかり、良い実がなるにはさらに年月が必要。そのため、ハウスも太い鉄骨を使って頑丈に出来ており、建設費用も高く10a当たり1000万円以上する。多くの生産者が借金でハウスを建て、少しずつ返して行くのだ。そのハウスが破壊されてしまった。

 農家は、天災に備えて農業共済に加入しているが、支払われる共済金はわずか。これから新たな借金も背負いハウスを数千万円かけて建て直し苗を植えても、収穫はやっと4年後。苦しい日々が続く。

 私が西都を訪れたのは、台風から2カ月近くたった頃だったが、片付けやハウスの修理作業はまだ続いていた。私が話をうかがった農家は「木の半分はやられたかな。どんなことになるか、しばらくは眠れんかった」と言いながら、の修理に励んでいた。例年、11月初めには初霜がおりる。気温が下がり木が一夜にして全滅することもあるから、修理を急がなければならない。

 枯れた木は抜き新しい苗を移植する。生き残った木も、浸水や風により消耗しているので、肥料や水やりに細心の注意を払う。冬場は重油をたいて加温する必要があり、原油高騰も辛い負担になる。

 来年の西都の減収は避けられない。県全体の生産量は、西都の減収分を他の新興産地がカバーする形で、今年並みを維持できるというが、「太陽のたまご」の割合が減ると見られ、贈答用フルーツ市場にも影響が出そうだ。

 だが、西都の農家は復活を目指し頑張っている。台風直後、後継者がいない農家はもうマンゴー栽培を止めてしまうかも、と心配されたが、部会の31人全員が続けることになった。作る喜び、消費者に喜んでもらう嬉しさが、彼らをとらえて離さない。

 沼口さんが、こんなエピソードを話してくれた。マンゴー部会会長の島地良次さんは、2つあるハウスの1つが全壊した。台風翌日、自分のハウスは手の施しようがないと判断した島地さんは、すぐに隣の農家の半壊のハウスの片付けや、木についた土などを洗い流す作業の手伝いを始めた。自分は仕方がない。だが、早く対処すれば隣の農家は、被害を最小限で食い止めることができるからだ。さらに、台風被害を受けなかったピーマン農家なども大勢来て、復興作業を手伝ってくれた。島地さんは作業の陣頭指揮も執り、自分の全壊したハウスに足を踏み入れたのは2週間後だった。

 農家ならではの助け合いの心が、この地にはまだ今も生き続けている。沼口さんは「来年には、おいしいマンゴーを食卓に届けたい。おいしい野菜を食べてもらいたい。その一心で、生産者は頑張っています」と話す。こうしたひたむきな人たちに、私たちの豊かな食は支えられているのだ。(サイエンスライター 松永和紀)

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