ホーム >  FoodScience過去記事 > 松永和紀のアグリ話 > 記事
こちらのページは以前、日経BP社 FoodScienceに掲載されていた記事になります。
当サイトから新規に投稿された記事については、こちらよりご覧ください。

松永和紀のアグリ話

農薬リスクコミュニケーションはどこまで可能か

  • シェア
  • Check
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Share
2005年11月30日

 今回はまず、1年前のお詫びをしたい。私は昨年12月1日付本欄で、「激突期待できる農薬リスクコミュニケーション」と日本農薬学会レギュラトリーサイエンス研究会を紹介した。その後、多くの方から「研究会の模様をコラムに書かないんですか?」と尋ねられた。が、書けなかった。市民が訴える健康リスクには、科学的にみて多くの疑問があった。しかし激突どころか、研究者たちは「被害者」の心情を慮って、質問すらできなかったのだ。今年のシンポジウムには私も出させていただく。リスクコミュニケーションは可能なのだろうか?

 昨年のシンポジウムでは、化学物質に過敏なお子さんを持つお母さんが講演した。小学校1年生の時、校内の木に殺虫剤が散布された直後に下を通り、4カ月後にも同様の経験をしてその後、有機リン骨格やベンゼン環を含んだ特定の化学物質と、芳香性、揮発性の強いものに対して過敏反応を起こすようになったという。皮膚炎、一時的な視力低下、下痢等の体調悪化が繰り返され、中学生になった今も症状は続く。

 もともと、このお子さんは乳児の時から食物に過敏で、離乳食にコメを食べさせてアナフィラキシーショックを起こしたという。お母さんがコメの食べ比べ試験を実施。(1)同じ地域で栽培された同じ品種で、慣行栽培品(通常の農薬使用)と無農薬栽培品を比較(2)系統の異なるコメ(どちらも無農薬栽培品)(3)無農薬栽培品を精米度を変えて比較—-の3つを行ったところ、(1)では慣行栽培品で発症、(2)では発症なし(3)精米1回で発症、精米2回で症状なしだった。

 そのため、このお母さんはコメアレルギーではなくコメの表面などについている農薬等化学物質による過敏反応と推測している。このほか、輸入フルーツでも有機栽培品と慣行栽培品、輸入品の比較をして、輸入作物のポストハーベストや残留農薬の影響がある、と考えている。ほかに、タール系色素でもアナフィラキシーショックなどが起きたという。

 お母さんの講演の間、会場はざわついていた。そりゃそうだ。例えばコメの試験。農薬散布は収穫のかなり前で、分解が進んでいる。しかも、栽培時にはコメは籾殻に包まれており、食べる時には籾殻をとり玄米を精白して食べる。白米表面の残留農薬は限りなくゼロに近いだろう(実際に、生協などの検査でも白米から農薬が検出されるケースは非常に少ない)。精米1回と2回で、何が違ってくるのか? 科学的には、発症が残留農薬のせいと言われても納得しづらい。

 このお母さんが非常にまじめな人であるということはよく分かった。「『農薬イコール悪。だからなくしてしまえ』とは言いません。必要な時もあります。でも、全国でこんな子どもが何十人かはいます。リスクを減らすことを考えてほしい」との訴えには心を打たれた。不必要な農薬を使わないで、という意見には賛成だ。でも、症状の原因の一部はもしかしたら農薬ではないのかも、とも思う。だとしたら、対処の方法が間違っているわけで、お母さんにとってもお子さんにとっても不幸だ。

 会場に居た人の多くが同じことを思ったのではないか。でも誰も言わなかった。丹念に質問できれば、もう少し因果関係が明確になったかもしれない。科学者ならではの情報提供もできただろう。だが、残念ながらそんな雰囲気にはならなかった。シンポジウム終了後、会場に居た何人かと話したが、「納得できない」「思い込みに圧倒された」などと語っていた。私も、どうにも消化できず、一字も書けないまま一年がたってしまった。

 市民と研究者のリスクコミュニケーションがさまざまな学会などで始まっているが、同様のケースになることが多い。科学的な知識量に大きな差があるので、研究者は市民を傷つけることを恐れて質問や意見を控えてしまう。それも人情だ。だがその結果、だれもが意見を言いっぱなし。話を“拝聴”してすぐに忘れ去るように見える。あの状況でお母さんを責めることはできないし、主催者である学会側を批判するのも酷だ。研究者が市民の話に耳を傾けたというだけで一歩前進、と言う人もいるが、それだけに甘んじてよいのだろうか。

 答えが見つからない。なのに、12月16日にある今年の研究会で、私は「農薬を巡るリスクコミュニケーション」という大それたタイトルで少し話をすることになっている。どんな話をしたらよいのか、まだ迷っている。現在の農薬のステークホルダー(生産者、消費者、企業、研究者、行政など)には当然、それぞれに思惑があり、イメージする「リスク」も異なっている。さらに、最近では消費者の二極分化が著しい。昨年講演したお母さんのように、手がかかる高い農作物を求める人もいる。一方で、「とにかく安いものを」という人も目立つ。さらに報道が、複雑な様相を映し出さずに、特定のステークホルダーに拠った情報を垂れ流し、事態をいっそうの混乱に導く。私もその報道関係者の一人である。

 社会的合意の形成など、はなから無理なのだ。多くは望むまい。だが、意見を交換し学ばなければ、市民が科学的な知識の不均衡を補い超える、新しい独自の視点を持つことも無理だろう。研究者や企業などが市民の視点に学んで研究を進めることもできないだろう。さて、具体的な方策は? ジャーナリストの役割は?FOOD・SCIENCEの読者のリスクコミュニケーションの経験と意見を訊いてみたい。アドバイスいただければ幸いだ。今回の研究会では参加者の講演の後、意見交換の時間がたっぷり設けられている。私は、読者の意見や、生産者と消費者の狭間で悩みつつ動き始めた自治体の動きなどを紹介して、意見交換の糸口にしてみたい。結果は、本欄でまたご報告します。

第13回農薬レギュラトリーサイエンス研究会
主催:日本農薬学会・農薬レギュラトリーサイエンス研究会
日時:平成17年12月16日(金)午前9:30(開場)より午後5:30
場所:さいたま市民会館おおみや(〒330-0844埼玉県さいたま市大宮区下町3-47-8)
テーマ:農薬と食生活とのかかわり?安全を守るしくみ?
(サイエンスライター 松永和紀)

⇒ 松永和紀のアグリ話記事一覧へ

専門家コラム一覧

FoodScience 過去記事

以前、他のサイトで掲載されていた記事をこちらより選択してご覧いただけます。

お知らせ

FOOCOM会員、執筆者がかかわる催し、講演(10/17)
<FOOCOM事務局よりのお願い> 「FOOCOM.NET」にアクセスいただきありがとうございます。私たちは201…【全文を読む】
FOOCOM.NET 会員募集 科学的根拠に基づく食情報を消費者に提供するために、ご協力ください。