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松永和紀のアグリ話

食の安全と無縁ではない日本の景観守る「松くい虫防除」

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2005年12月14日

 林野庁が現在、無人ヘリによる松くい虫防除に関する運用基準を作ろうと、検討を進めている。松林は、風害や塩害などから国土と生活を守るためのものであるとともに、日本ならではの美しい景観、文化。しかし、松くい虫による松枯れが近年目立つ。農薬散布が勧められる一方、最近は化学物質過敏症などを理由に反対する住民もいる。また、散布された農薬がドリフト(飛散、漂流)して、付近の農作物にかかる可能性もあり、食の問題とも無縁ではない。貴重な松林をいかにして守るのか?

 美しい松林は何百年もの間、多くの先人が植林を続け手入れをして維持してきた。太平洋戦争後の乱伐や放置などで荒廃した姿から、自治体や周辺住民などの賢明な努力で蘇った松林も多い。だが今、松林は大きな危機に襲われている。松くい虫による松枯れが広がっているのだ。いや、正確にはマツノマダラカミキリ(以下、カミキリと表記)に潜むマツノザイセンチュウ(以下、センチュウと表記)が原因だ。

 松くい虫被害はちょうど100年前、長崎での発生が最初の公式な記録とされている。長い間、原因がよくわからなかったが、カミキリが運ぶセンチュウによるものであることが1971年、明らかとなった。

 被害のメカニズムは複雑だ。5、6月頃、被害木からカミキリが体内にセンチュウを平均数千から1万数千頭を潜ませたまま飛び立ち、新たな松の若枝におり皮を食べ始める。その時に、センチュウが出てきてカミキリが食べて傷ついた部分から松に侵入して行く。センチュウが新たな松の中で増殖すると松が枯れ始め、そんな松に夏から秋にかけてカミキリが産卵。卵から孵った新たな幼虫は、秋から次の5、6月月にかけて大きくなり蛹になりまた成虫になる。その間にセンチュウがカミキリに入り込んでおり、また飛び立つというサイクルだ。

 このため、カミキリが飛び立つ時期に年1回、農薬を使用することや、カミキリの幼虫がいる枯れたマツを伐倒して燻蒸焼却する防除手法が有効とされている。しかし、カミキリが農薬のかかった枝葉を食べることによって死ぬとして予防的な散布が行われていることに、市民団体などの批判が強い。また、松林に散布する場合は、ヘリコプターで空散したり地上から吹き付けたりするため、農薬の拡散が懸念されており、化学物質過敏症などを訴える住民も出てきている。

 「保全すべき松林」とされた地域にはこれまで、林野庁が年間計20数億円の補助金を出し防除を行ってきた。最近は、小型の無人ヘリで農薬を散布するケースが増えているため、林野庁は無人ヘリの運用基準も新たに定めて、周辺住民の理解を得ようとしている。10月に識者を集めた検討会を設置。月1回のペースで会合を開いており、来年2月上旬には運用基準をまとめる予定だ。

 11月にあった検討会では、参考人として「松林を守るために適正な農薬散布を」という市民や自治体、「健康被害を受けた。行政側の誠意が感じられない」などとする市民など計5人が意見を述べた。今月7日に開かれた第3回検討会では、委員による論点整理が行われた。議論自体は、各検討会の資料をご覧いただきたい。

 特に3回目に配布された論点整理(案)と資料編(案)は、市民の意見/関連する実験結果/それらに基づく検討会としての考え方—-がきちんと分けて明示されていて、非常に分かりやすい。これにより、予防散布の科学的根拠が明確となり、一方で農薬の周辺への飛散がどの程度なのか、風の影響をどのように受けるのかなど、さらなるデータ収集も必要なことが明らかになった。私自身、残留農薬の検査機関から「無農薬野菜から農薬が検出され調べてみたら松林からのドリフトだった」というケースについて聞いたことがある。データ収集に努めて欲しい。(検討会概要:第1回、第2回、第3回)

 これまで、松くい虫に関する識者などによる意見交換は非公開で行われてきたそうだ。だからか、松くい虫防除のために農薬散布が行われていることなど全く知らない人も多い。今回の審議は公開されており、資料の作り方を見ても「松林保護の重要性を一般市民にこそ理解してもらいたい」という林野庁の熱意が感じられる。

 第3回の検討会では、大気汚染の健康影響研究の権威である香川順・東京女子医科大学名誉教授が、とても興味深い発言をした。子供や妊婦の化学物質曝露による次の世代への影響に関心が高まっていることを踏まえ、「住民からの情報提供がスムーズに行われる仕組み作りも重要である」と指摘したのだ。「行政は聞く格好をするだけ、と言われないためにはどうしたらよいか」という問いに対して、香川氏はこう答えた。「きちんと住民からの情報を受け付け、公表することでしょう」

 行政にしてみれば、「症状がないのに、農薬に反対するあまり申告してしまう人」「身体的な原因ではなく精神的な不安により症状が出る人」まで被害者と位置付けてしまう懸念もある。実際に某県では、松林への農薬散布予定を広報したものの当日天候が悪く散布中止したにも関わらず、「散布のせいで具合が悪くなった」と住民が被害を訴え出た例がある。

 だが、それが現状であっても、行政には情報収集と公表、住民との意見交換に踏み出してもらいたい。そうすることによって、住民の不安は軽減される。行政との信頼関係ができる。また、症例数を増やしていくことで、逆に自称被害者の矛盾点も見つけやすく、本当に健康被害を受けている人への対策も講じやすくなるのではないか。美しい松林を守るために、積極果敢なリスクコミュニケーションを。林野庁がどう動いて行くのか、楽しみになってきた。
 (サイエンスライター 松永和紀)

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