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松永和紀のアグリ話

長足の進歩遂げた?農薬リスクコミュニケーション

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2005年12月21日

 日本農薬学会農薬レギュラトリーサイエンス研究会が16日、さいたま市であり、私も少し話をさせていただいた。告知が十分に行えなかったこともあって、一般市民の参加は少なかった。しかし、講演者が一同にそろった総合討論では、まず学会の会長が「私たちは、農薬に関するリスクコミュニケーションのスキルを上げなければならない」と“本音”で切り出し、農薬関係者にとっては充実した議論になったように思う。

 11月30日付本欄で、農薬によりアナフィラキシーショックを起こすお子さんをお持ちのお母さんが、昨年の同研究会で行った講演の内容を紹介した。読者の方々から、専門家がきちんと情報提供すべきだ/ストレスが大きな原因ではないか/アレルギーの可能性はないか/化学物質過敏症対策を社会全体の取り組みとすべきだ(理科教育の徹底、メディア対策も含めて)—-等々ご意見をいただいたので、今年の研究会で報告した。

 ところがこの研究会の場ではからずも、このお母さんを巡って農薬の重要な問題が浮かび上がった。このお母さんは、自身も農薬により症状が出るため、滅多に外出しないという。その体を押して、今年の研究会も参加予定だった。しかし、会場の市民会館が2日前に殺虫剤を散布していたために、入れなかったというのだ。

 建築物衛生法の関連省令では、建物は6カ月以内に1回、ねずみや昆虫などの調査を行い、発生を防ぐために適切な措置を講じることが義務づけられている。その際、必ずしも薬剤を使って防除する必要はない。ところが、反農薬東京グループの辻万千子代表によれば「6カ月に1回の薬剤散布が義務づけられている」と誤解され、機械的に散布されている場合が多い。このお母さんは、市民会館の入り口まで来たが入れなかったそうだ。リスクコミュニケーションをしたくともできない。それも、現実である。

 複雑なのは、使われた殺虫剤は農薬と同じ成分でありながら、農薬ではないということ。建築物内で使われる殺虫剤は、薬事法により認められた防疫用薬剤(医薬品か医薬部外品)でなければならない。なんとややこしいことか。農薬を巡るリスクコミュニケーションが進まない理由の一つは、この縦割り制度だ。農業現場は農水省、食品や飲料水への残留は厚労省と食品安全委員会、土壌や水域は環境省。生活環境は、主に厚労省と環境省の管轄。しかも、一般市民には農薬と防疫用薬剤の区別は難しい。

 会場からは「統一した仕組みをうまく作ってほしい」という意見が上がった。反農薬東京の辻さんも「残留農薬ばかりを問題にしていいのか」と題して講演し、「農薬は今では食品への残留よりもむしろ、この生活環境での使用が問題です。吸入毒性は経口毒性の約4倍というのが環境省の見解。化学物質を統一的に規制してほしい」と訴えた。

 もっともな指摘である。食や飲料水、空気などトータルの被ばくによって人や生物は影響を受けるはずなのに、安全性評価も管理も、事実上バラバラ。化学物質の統一的な規制を望む市民などの中には、「化学物質監督庁」のようなものを提案する人もいる。

 一方で、食品安全委員会職員からは、興味深い発言があった。まず、米国ではEPAが農薬に関する安全性評価と規制を集中的に行っていることに触れ、EPA職員が「ここまで勝ち取るのに数十年かかった」と漏らしたというエピソードを紹介。そのうえで、「個人としての意見」と断りながらも「日本は食品についてはやっと、評価部門を食品安全委員会一つにまとめることができた。しかし、食品安全委員会の仕組みが非効率的という指摘もある。行政は、職員にも限りがあり効率も求められる。どういう形が安全を守るのによいか、考えていかなければいけない」という趣旨を話したのだ。

 これもまた、極めて重要な問題提起である。確かに、規制官庁を一つにまとめ安全性評価と管理の仕組みを作れというのは、スローガンとしては分かりやすい。だが、現実には何事も時間とコストとの闘いになる。現在の食品安全委員会はBSE(牛海綿状脳症)の審議でも分かるように極めて非効率的だ。大勢の研究者と職員が、BSEから機能性をうたうヨーグルトまで、種々雑多な安全性評価と事務処理に追われている。

 一時の「食の安全パニック」により、食品安全委員会は一気に稼働した。情報が誰にでも分け隔てなく提供されるようになった。一方で、そのような組織はコストがかかり、問題対応のフットワークが悪くなりがちであることも、私たちはこの1年間で学んだ。さて、農薬行政はどうあるべきなのだろうか。

 私自身は、今のところは「できることから粛々と」しかないのだろうと思っている。第一、農薬の吸入毒性の評価は、まだ科学的根拠が明確でない。吸入毒性は経口毒性の約4倍というのは、フェニトロチオンという殺虫剤(研究会会場で2日前にまかれていたのも、この農薬だった)の実験結果からはじき出された数字だが、ほかの農薬ではさらに補正した数字にする必要がある。だが、その作業は進んでいない。

 私が科学ライターだからだろうか。どのような組織を作るにせよ、科学的根拠をしっかりと固めていないと実効性のある規制にはつながらない、とこの1年の食品安全委員会の動き、BSEを巡る議論などをみながらつくづく考えるのだが……。

 話がそれてしまった。市民団体が本質的な指摘をし、行政職員が安全性評価と規制の効率性について明確に発言できるようになったという点で、農薬のリスクコミュニケーションはやっぱり長足の進歩を遂げている、と私は見たい。願わくは、このような議論に一般市民も巻き込む努力を。これは、私自身の課題でもある。今回の研究会では、ポジティブリスト制やドリフト問題に関して、追加取材してみっちり書くべき「ネタ」が満載だった。おいおい、ご紹介していきたいと考えている。(サイエンスライター 松永和紀)

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