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松永和紀のアグリ話

ポジティブリスト制実施間近でも、ドリフト対策まだ不足

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2006年1月18日

 残留農薬のポジティブリスト制開始にあたって、国内農業関係者がもっとも心配しているのが、農薬のドリフト。使用した農薬が、目的とした作物以外にも飛散してしまう現象だ。基準が低く設定されている作物に付くと、基準オーバーとなりかねない。17日には、日本植物防疫協会主催のシンポジウム「ドリフト対策を考える」が開かれ、全国から約800人が詰めかけた。

 ポジティブリスト制が始まるのは5月29日。これまでのネガティブリスト制から、一定の基準を満たさない食品はすべて流通を禁止する制度に変わる。残留基準は、農薬と各食品の組み合わせ一つひとつについて設定される。既に設けられている残留基準はそのまま移行し、基準がないものについては、Codex基準など内外のさまざまな基準を参考に、暫定基準が設けられた。

 しかし、参考にできる基準が全くない農薬と食品の組み合わせがある。これについては、その農薬がどんなものであっても人の健康を損なうおそれがないと考えられる「0.01ppm」という非常に低い数値が、一律基準として採用された。

 この一律基準は本来、日本では農薬として認められておらず、諸外国でも毒性研究が進んでいない物質を規制するのが目的だ。しかし、そうではないのに一律基準が設定された農薬が出てきてしまった。例えば、イネの殺菌剤や殺虫剤。

 イネにつく害虫や病原菌は、野菜や果樹につくものとは概して異なる。そのため、日本には、農薬取締法上イネでしか使えない殺菌剤、殺虫剤が多い。イネの残留基準はきちんと設定されているが、野菜や果樹で使うことはまったく想定されないため、現行では残留基準がない。もちろん、米国や欧州などにも基準がない。その結果、0.01ppmという極めて低い基準になってしまった。

 しかし、田んぼを転作して野菜を栽培している農家は多い。つまり、田んぼと野菜が並んで植わっていて、「カメムシが来た」と殺虫剤を散布したら、小さな粒が風に乗って飛散し隣の野菜にかかってしまった—-などというケースは、おおいにあり得るのだ。

 こうした農薬は、十分に研究され安全性も確認された上でイネ用の農薬として登録されているので、ドリフトで野菜に残留したとしても、安全性に関しては心配要らない。しかし、その野菜が行政による小売店でのサンプリング検査などの対象となり、基準オーバーとなれば食品衛生法違反。いくら農家に悪意はなく健康リスクはないとは言え、ルールはルールなのだ。

 ほかにも、農薬としての安全性は確認されているのに、一律基準や極めて低い暫定基準を設定されてしまった農薬と作物の組み合わせが、かなりある。ドリフトによる基準オーバーの不安がつきまとう。シンポジウムでは、日本植物防疫協会(日植防)が作成し先月公表された「地上防除 ドリフト対策マニュアル」が紹介されたほか、飛散低減対策がさまざまな角度から検討された。全農は、4ページの農家向けパンフレットを100万部刷り、配るそうだ。農水省植物防疫課も、農家向けの手引きを作成。都道府県に1000部ずつ配るという(日植防、農水省は、近いうちにウェブサイトでもマニュアルを公開する)。

 日植防調査企画部の藤田俊一さんら関係者が強調したのは、次の通り。
(1)ドリフトは本来、十分に防止策をとるべきもの
(2)しかし、日本のように農地が接近している国では完全には防ぎきれない。問題発生の確率をできるだけ小さくする努力をしなければならない
(3)指導機関は十分な指導を行うべきだが、ドリフトの可能性は個々のケースで大きく異なり、「これさえ守れば大丈夫」と言えるようなものではない
(4)農薬を使用する農家一人ひとりが自覚を持って、「自分の場合に有効な方策」を取捨選択する必要がある

 その上で、風のない時を選んで散布/散布の方向や位置に注意して散布/適切なノズルを用いて適正な圧力で散布/適正な散布量を散布/タンクやホースの洗浄をしっかりと行う/近隣作物栽培者とよく連携をとる/緩衝地帯を設ける/遮蔽物を設ける/問題が生じにくい農薬を利用する-−–などの対策を示した。農家は、隣の農地の位置や栽培されている作物の種類、収穫時期などを把握したうえで、植える作物、使う農薬を決定し、風速や風向きなどに応じて農薬の使用日も決めなければならない。大変な努力がいる。

 私の見るところ、現在の農家の反応は二手に分かれる。すべての農薬、作物に0.01ppmという基準が設定されたように誤解し過剰反応をしているタイプと、自分の身にふりかかる事態をまだ十分に認識できでいない人たちだ。

 そして、最大の問題は、ポジティブリスト制がどのようなもので農業現場がいかに苦労するかをまったく知らずに「食の安全が必要」を叫ぶ流通業者、消費者である。そのまま何も知らず、ドリフトによる健康リスクのない基準オーバーをつかまえて、「同じ産地の作物は買わない」とか「食の安全が脅かされた」などと言いかねないのではないか。産地にとっては、死活問題になる。

 シンポジウムの後で関係者と雑談した時に、印象に残る一言を聞いた。「農家は、スピードメーターの付いていない車を運転させられるようなものなんですよ」と言うのだ。確かに、農家はどれほどドリフト防止策を講じても、それがうまくいっているのかどうか確認する術がない。もちろん目では確認できず、高度な残留分析をしてやっと把握できる微量の農薬が、問題となってしまう。

 シンポジウムを聞きながら、「急がなければ」と思った。関係者は山ほど詰めかけている。しかし、消費者がまだいない。農業関連以外のマスメディア関係者もいない。彼らに、農家の苦労、努力を理解してもらいたい。つまらない騒ぎを引き起こさないでもらいたい。ポジティブリスト制開始まで4カ月あまり。急がなければ。(サイエンスライター 松永和紀)

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