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松永和紀のアグリ話

BSEも東横インもルール破りの背後に潜むものは‥‥

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2006年2月8日

 東横インの社長を責め立て「これがホテルか」と嘲る記者やキャスターたちは、日頃どんな宿に泊まっているのだろうか。東横インに泊まったことがある人ならだれだって、サービスの良さと料金の安さに戸惑い、「どこかに無理がある」と感じたはずだ。それでも、低価格に釣られて泊まる。私もそんな一人だった。リスクやルール違反と引き換えの安さ。それでも、その「安さ」を欲してきたのは私たちの社会だ。私には、東横インも耐震強度偽造もBSE(牛海綿状脳症)も、同じ問題に見えて仕方がない。

 地方都市に住んでいる私は、月に2、3回上京して取材して回る。どうかすると、月に10日間もホテル暮らしになってしまうこともある。地方都市に住むのは科学ライターとしては大ハンデだが、夫と娘が暮らす地方都市で共に暮らしたい、でも仕事もしたい、というわがままなのだから、仕方がない。

 ただし、取材経費として多額の交通費と宿泊費が要る。私の手出しになることも多いから、取材の質を落とすことなくいかに経費を削れるか、常に頭の中でそろばんを弾いている。東横インは、そんな貧乏科学ライターの「救いの神」だった。東横インは女性のカード会員には、5泊するごとに1泊無料券をくれる。つまり、2割引。換算すると、東京の23区内でも1泊5000円台で泊まれる。

 なのに、部屋はほどほどきれい。ベッドは大きい。女性一人でも泊まりやすい。部屋から無料でインターネットにLAN接続できる。ロビーには、3分間なら無料でかけられる電話まで設置されている。ロビーに設置されているパソコンで、資料のプリントアウトもできる。これもタダだ。こんな宿、ほかにない。

 あまりにも安いので、泊まりながら私なりに理由を探した。女性社員ばかりなので「若い頃にこき使って結婚退職させることで、人件費を節約しているな」と考えていた。建物も、既存のマンションを改築したようなものが多く、ホテルに泊まっているというよりも、独身時代のワンルーム生活に戻ったような錯覚を覚えた。連泊すると、シーツは代えてくれるがマグカップは洗ってくれなかった。

 低料金から来る「リスク」も見えた。もっとも不安だったのは、深夜の対応。フロントに女性が二人しかおらず、警備員がいるようには見えなかった。部屋の施錠をしっかりして、火事の時にはすぐに逃げられるように、非常階段の位置のチェックも怠らなかった。

 しかし、リスクは考えても、ルール違反までは予想していなかった。障害者用設備がないことは、注意して見れば気がついたはずだ。しかし、恥ずかしいことだが、私は自分のリスクのみに関心が集中していた。結局、東横インの一連の違反事件で私は、「破格に安いものには、裏がある」というシンプルな事実を再確認した。

 BSE問題も、同じ視点から考えられないだろうか?米国産牛肉を私たちが欲した理由は、おいしいのに激安だったからだ。オージービーフの赤身肉よりも、脂肪のある米国産がやっぱり良いという人は多い。280円の牛丼には、米国産牛肉が欠かせなかった。

 では、なぜ米国産牛肉は安いのか? 穀物飼料を自国で栽培でき、効率よく育て効率よく加工処理するからだ。最少限のリスク管理にとどめ、科学的には無意味な検査に金を使わないからだ。子牛は、もしBSEにかかっていても、現在の検査では検出できない。日本は、それなのに検査をして、「全頭検査して陰性を確認しているから安全です」とごまかしている。そんな科学的な茶番を、米国はしていない。

 合理性のうえに、安価な設備と低賃金の労働者、甘い検査体制があるからこそ、牛肉を安く生産できている。そのシステムを利用し、なおかつBSE対策に関する日本ルールを課し、安い牛肉を買おうとしたのが日本だった。米国は「ルールを守る」と約束したが、実行できなかった。安い肉の裏には、日本人から見れば不十分なセーフガードシステムと緩い生産方法があったのだ。

 破格の安さには、理由がある。では、東横インにはもう二度と泊まらないか? いや、私にはそう言い切る自信がない。また泊まってしまいそうだ。米国産牛肉は、もう買わないことにするか? そういえば先週、某有名キャスターがこんなことを言っていた。「なにも、米国産牛肉を買わずとも、国産牛肉を食べればいい。国内農業振興にもつながります」。

 それは、違う。国内で牛を飼っても、飼料の穀物の多くは米国産だ。国内生産では消費をまかないきれない。牛肉1kgを作るのに、トウモロコシに換算すると11kg必要だという。見かけ上は国産牛肉でも、やっぱり米国に依存する構造は何も変わらない。

 日本の環境への影響を考えると、むしろ国内での飼育の方が負荷は高い。大量の穀物を化石エネルギーを使って運んできて牛に食べさせ、その大半が糞尿として排出される。糞尿のうち炭素分は、エネルギーにも変えうるが、窒素分は土壌や水系を汚染し富栄養化を引き起こす。それに比べれば、肉だけ運んできてそのまま食べる方が、はるかに環境負荷は小さい。甘い幻想は描かない方がいい。

 野党の批判やマスメディアの報道を見ていると、ルールを破った者を「それ見たことか」と嵩にかかって徹底的に非難しているだけのように見えてしまう。さんざん「安い」ともてはやしたのが嘘のようだ。ルールをなぜ破るに至ったのか、背後に横たわる構造的な問題を考えないと、第二第三の事例が出るだけなのに。根本的な改善が価格を上昇させることも、覚悟すべきではないのか。東横インの社長が会見で見せた無様な泣き顔に、そんなことを考える。(サイエンスライター 松永和紀)

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