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松永和紀のアグリ話

食の安全と環境保全の最先端を目指す嬬恋キャベツ

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2006年2月22日

 群馬県嬬恋村はキャベツの大産地だが、2003年のNHKスペシャルで取り上げられて以降、農薬を大量使用する時代遅れの産地、というイメージをひきずっている。しかし、嬬恋キャベツを長年指導してきた県職員に先週話を聞き、私の思い込みは完全に覆った。嬬恋は実は、食の安全と環境保全を目指す最先端の地ではないか?

 3年前のNHKスペシャル、「農薬は減らせるか 〜大キャベツ産地の挑戦〜」は、実にインパクトがあった。嬬恋が長年キャベツを作り続けて連作障害に悩まされていること、消費者が虫食いを許さないことなどを説明。農薬を使わざるを得ない産地の姿を浮き彫りにした。それは良かったのだが、「通常なら農薬を38回使うところを半分の19回にして、減農薬栽培農産物として出荷したい」という農家をクローズアップしたために、おかしなことになった。

 「嬬恋はたった3、4カ月の栽培期間に38回も農薬を使うのか。それでは、週1回以上農薬を散布することになる。常に薬浸けではないか」と、多くの人が受け止めたのだ。消費者も驚いたが実は、ほかの産地の農家がもっとびっくりした。私は今でも時折、農家から「あの嬬恋の話は本当か」と尋ねられる。別に答えを期待されているわけではなく、あとに「信じられない。あれに比べれば、うちはいい」と続くのだ。

 本当は、散布38回ではない。種子消毒や育苗段階での農薬使用もある。有効成分を複数混ぜてある農薬を使うと、1回の散布で複数回使用とカウントされる。症状が出ている一部の苗だけに農薬を使っても、全体が使用1回になってしまう。決して「常に農薬漬け」ではない。でも誤解されてしまった。

 私も別の誤解をした。とても失礼なことだが、つまらない「減農薬」にあくせくしているつまらない産地、と思った。まず、食の安全という見地からは、この減農薬はあまり意味がない。キャベツの新葉は、内側から育って巻いていく。従って、内側の葉には農薬はかからず、残留するのも外葉数枚だけ。通常、外側の葉は何枚か捨ててから食べるから、農薬をふんだんに使おうと無農薬であろうと、残留農薬によるリスクはあまり変わらない。

 環境保全と農家の省力化、コスト削減のための減農薬というのなら納得できるが、そうでもなさそうだった。番組の中の農家は、生物農薬で使用回数にカウントされないBT剤を多用し、成長を早めて栽培期間を短くすれば農薬の使用回数を減らせる、と考えて肥料を追加していた。環境負荷が高く、手間がかかって儲からないやり方に見えた。

 でも、本当の嬬恋の姿はテレビ番組とは違っていたらしい。確かに連作障害との闘いは厳しく、薬剤散布せざるを得ない。しかし、それと平行して5、6年前から、薬剤を使わないさまざまな防除法を実行しているのだ。

 県職員で長年、キャベツの栽培指導に携わっている町田信夫さんに詳しく説明していただいたが、特に2001年ごろから始まったという輪作と99年から行っているという性フェロモン剤の使用の説明が面白かった。

 キャベツを収穫後、すぐにエンバク(燕麦)の種子を撒く。このエンバクには3つの効能がある。1つは、エンバクに線虫の働きを抑える作用があること。線虫は動き回ってキャベツを傷つけ、そこから病原菌が入り込んで症状を引き起こす。エンバクを植えることによって線虫が減れば、その後にキャベツを植えても病原菌が働きにくい、というわけだ。

 もう1つは、エンバク自体が緑肥になること。寒くなると枯れ、有機物の補給になる。3つめの効能は、表土の流出を防ぐこと。燕麦が普及する前は、キャベツを収穫後に畑をトラクターできれいに耕し、翌春までそのままにしていた。細かく砕かれた土は、雨などで流れ失われていくのが常だった。しかし、エンバクを植えれば、翌年のキャベツの定植まで土を保持できる。現在では約25%、600haの畑が、キャベツの後にエンバクを植えている。

 性フェロモン剤は、畑のところどころに置き、コナガなど害虫の交信を攪乱して交尾を妨げる。物質の毒性を利用せずに害虫の増殖を抑える比較的新しい技術だ。これも、約600haの畑で導入されている。これほど大規模にフェロモン剤を取り入れている野菜産地は、ほかにない。

 今年も、先週末からJA主催の栽培講習会が始まった。みんなが参加できるように、講習会は何度も開かれる。県がそのために作った指導用資料を見ると、科学的な情報がきっちりと解説してあることに驚く。病気にかかった苗の写真が載り、各病原菌の特徴、感染経路、キャベツへの侵入方法、好む温度帯などが詳しく説明され、それを基にした防除のポイントが書かれている。化学合成農薬に依存せずさまざまな防除法を駆使。でも、農薬がもっとも効果的な時には、きちんと使う。使用回数に振り回される表面的な減農薬ではなく、もっと本質的な減農薬が行われる。資料は、写真を多用した平易な作りだが、かなり高度な技術指導が行われていると思えた。

 あの高度な内容を、嬬恋村の500戸あまりのキャベツ農家が懸命に勉強していると思うと、感動的だ。マスメディアや消費者はどうしても、農薬の使用回数などという分かりやすい指標で産地の取り組みを評価してしまうが、実は、テレビでは取り上げられないような地味な手法の多様な組み合わせこそが、栽培の本質なのだ。

 町田さんは「農家自身がじっくりと考え、さまざまな防除法を組み合わせて実践している人の畑では、確実に病害虫被害が出にくくなっている」と話す。まだ、こういうタイプの農家と、従来型の農薬依存型農家が混在しているそうだが、新しい栽培は着実に広がるに違いない。

 ほかにも、表土流出防止のためのグリーンベルト設置など、先進的な取り組みが数多い。大産地は変わった。環境保全と大規模栽培を両立させてキャベツを安定供給していこうと努力している。「安価な農産物の安定供給」も、食の安全の大切な一要素。頑張ってほしい。いつかは、あなたがたの努力に多くの消費者が気がつく日が来る…。(サイエンスライター 松永和紀)

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