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松永和紀のアグリ話

ポジティブリスト制への疑問1 検査の無理強い

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2006年3月1日

 やはりというべきか、とんでもないことが今、起きている。5月29日の残留農薬ポジティブリスト制開始を前に、食品の「安全証明」「制度遵守証明」として残留農薬検査が要求され始めたのだ。スーパーから過重な農薬検査を求められ、「検査結果を出さなければ取引を打ち切る」と言われる例まで出始めた。

 某検査機関の関係者から27日、連絡が入った。野菜をカットし、鍋用やサラダ用などとして袋詰めにする一次加工業者が、窮地に追い込まれているという。15種類の野菜をカットし、量にして2、3人分ずつ袋に詰めてスーパーに納入していたのだがこの日突然、スーパーから「全部の野菜の残留農薬検査を行い、成績書を3月6日までに出せ。出せなければ取引を打ち切る」と言われた。あわてた業者が、真っ青な顔で検査機関に飛び込んできたという。

 スーパーの担当者は、「新制度が始まるなら、科学的な証明を」と軽い気持ちで命じたのかもしれない。だが、いったいいくら検査料金がかかると思っているのか。分析対象とする農薬の数によっても大きく違うが、最も安い検査機関で1検体3万円程度。一般的には、約400農薬対象の検査で1検体20数万円というのが相場だ。つまり、15種類の野菜が入った1袋を分析するのに45万〜300万円程度かかる。もちろん、スーパー側には検査コストを負担する気などさらさらない。

 この一次加工業者は、使用する野菜の生産者を全部、把握している。最初、スーパーから「ポジティブリスト制に対応しているか」と問われ、15種類の野菜の生産履歴(使用農薬の種類や使用日など)を提出したそうだ。しかし、スーパー側は納得せず、「検査で証明を」と言い出した。しかも1週間以内に検査結果を出さなければ契約打ち切りとは、脅しも同然だ。

 この例を私に連絡してくれた検査機関の関係者によれば、農産物を検査機関に持ち込む生産者がこのところ、急増しているという。どの人も取引相手から、「自主的な」検査を行って結果を提出するように求められている。検査機関としては商売繁盛だが、とても喜ぶ気にはなれないという。「こんな馬鹿げた検査が横行するようになっては、生産者や零細な加工業者はつぶされてしまう」。電話の声は、怒りに震えていた。

 こうした検査は何のためのものなのか?成績書を公開するのが安全を守る科学的な姿勢だ、という誤解があるらしい。大間違いである。「法律遵守」という見地からも、「科学的な安全担保」という点からも、高額の検査自体はほとんど意味がない、と私は思う。

 そもそも、残留農薬検査はサンプリング検査。検査対象とした検体の残留農薬は分かるが、日々生産される何万、何十万という農産物や袋詰め野菜のうちのたった1個、たった1袋に過ぎない。検体以外の品物が、隣の畑からの農薬ドリフト(飛散、漂流)により残留基準をオーバーしている可能性だって、当然ある。どれほど検査をしたところで、検体以外の品物の制度遵守と安全担保の証拠にはなり得ない。

 また、使われている農薬は数種類。もし、農薬ドリフトが起きて付着したとしても、おそらく1、2種類が付加されるだけだ。高額の検査料を払い100種類、200種類と農薬を検査しても、大方が最初から使われておらず検出の可能性が全くない無駄な検査だ。検査は生産側にとっては、あくまでも補助的な手段だ。もっとも重要なのは、農薬を適正に使いドリフトも防止することであり、正確に記録してその情報を必要とする人に包み隠さず公開することだろう。残留農薬検査は、その作業がうまく進んでいるかを時折チェックするための手段に過ぎない。

 厚労省の担当者は、食品の生産現場でこのような意味のない検査が多数行われ始めた現状を把握しているのか?また、消費者は恐るべき「未来」を予測しているのだろうか?消費者は「食の安全を」と残留農薬の規制強化を望み、厚労省は「国民の健康保護を最優先とする」制度を作った。その結果、生産者は検査コストの負担の重さにあえぐ。重さに耐えられなくなった生産者は、生産を止めるかもしれない。検査コストを価格に転嫁する動きも出てくるだろう。結局は、消費者の不利益につながっていく。

 私は、2004年8月25日付け本欄「さらば、“残留農薬検査狂騒曲”」 で、次のように書いた。昨今の「検査=安全証明」の風潮をみていると、全国いたるところで、約700の農薬の検査が始まりそうで怖い。

 1年半前に危惧したとおり、検査狂騒曲は始まってしまった。少なくとも厚労省は、このような検査が「証明書」にはならないことを、はっきりとさせるべきではないだろうか。(サイエンスライター 松永和紀)

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