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松永和紀のアグリ話

ポジティブリスト制への疑問3 「規制のずれ」のリスクとは

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2006年3月15日

 輸入食品の取り扱い事業者は今、心配で仕方がないだろう。国によっては、使われている農薬も残留基準も日本とかなり異なる国があるからだ。その国では合法的に栽培され残留状況も適法なのに、日本に持ってきた途端に基準オーバーとなってしまう。そんな「規制のずれ」に悩む人たちの「助っ人」になってくれそうなコンサルタント会社を紹介しよう。

 2002年に「危険」と大問題となった冷凍ホウレンソウのクロロピリホス汚染は実は、健康リスクはほとんどなかった。汚染、すなわち基準オーバーの主因は、規制のずれだった。今でも、中国と日本の残留基準には大きなずれがあり、ホウレンソウにおけるクロルピリホスの残留基準は中国では1ppm、日本では0.01ppm。中国では合法的なホウレンソウが、海を越えた途端に問題化する状況は変わっていない。

 4年前の教訓があるので、多くの輸入関係者は中国産農産物を十分警戒し、契約栽培取引などを行ってきた。一方で、そのほかの国については、こうした規制のずれはそれほど深刻には受け止められてこなかったようだ。しかし、ポジティブリスト制開始で新しい基準が多数設定されれば、輸入相手国と日本の規制のずれはまた、表面化するはずだ。

 だから検査、というのが科学的ではなく効果的でもないのは、これまでにも書いた通り。検査機関の惹句に踊らされて何百もの農薬の分析を依頼して、使われている可能性がまったくない農薬の分析に大枚をはたくのは無駄だ。やはり、その国でどんな農薬が使われ、残留基準がどうなっているのかを調べ、注意すべき農薬を絞り込むのが先決だ。そのうえで、その農薬を重点的に検査し、無駄な農薬の分析をしない分、調べる検体数を増やせば、検査の効果は格段に上がるだろう。

 ただし、諸外国の残留基準を調べるのは、米国やEUなど主要国以外はちょっと面倒。さらに、農薬がどの程度使われているかを作物別に把握するのは、非常に難しい。日本だって、農薬の成分ごとに生産量は公表されていても、それがどの作物にどれだけ使われたかまでは、分からないのが現実だからだ。そして、「そのデータを提供しますよ」というコンサルティング企業が現れた。Joy Consultingである。

 社長の高村斉治さんはもともと、大手化学メーカーの農薬部門に務め、登録部門を担当していた。ところがそのメーカーが農薬から撤退することになり、高村さんは退職して02年に起業。現在の主な業務は、海外企業が「うちの農薬を国内でも売りたい」と思った時に、必要な試験を知らせたり費用を見積ったり書類を作ったり、という登録申請業務や、登録後の国内管理人業務を、受託代行することだという。

 農薬登録業務は複雑で、国内の状況をしっかりと把握していないとできないし、必要な試験は年々増え続けているので、高村さんのような内外の事情に通じたエキスパートを海外企業が求めるのは当然だ。高村さんはニッチのビジネスチャンスをうまくつかんだのだと思う。

 その高村さんが今、提案するのが、世界32カ国の農薬残留基準を集めたデータベース「HOMOLOGA」と、世界60カ国の作物別農薬消費量を集めたデータベース「i-mapSIGMA」を組み合わせてリスク管理をすること。HOMOLOGAを使い、日本と輸入相手国との間で、残留基準のずれが大きい農薬をリストアップする。さらに、i-mapSIGMAでその農薬がどの程度使われているかを調べれば、「よく使われていて、残留基準も日本よりかなり高い」という要注意農薬が浮かび上がってくる、という寸法だ。

 HOMOLOGAはフランスの企業、i-mapSIGMAは英国の企業が構築したデータベース。Joy Consultingはそれぞれ、日本の情報を提供する業務を委託されている。特に、i-mapSIGMAのための情報収集はかなり難しいそうだ。農家や専門家へのへの聞き取り調査などを総合して、はじき出す。人脈と高度な判断力がものを言う。そのデータベースの日本での販売に、ポジティブリスト制開始を機にいよいよ、乗り出したのだ。

 実際にデータベースで、ブラジルのダイズの場合の、残留基準や農薬使用量などを見せていただいた。日本とは、思った以上にずれがある。農薬によっては、ポジティブリスト制違反にもなりそうだ。ダイズの用途は、ブラジルでは主に製油や飼料。一方、日本では人が直接口に入れる場合も多い。用途が異なれば当然、農薬の使い方と残留基準も違って当たり前なのだ。それなのに、日本の尺度だけで輸入食品を判断してしまうポジティブリスト制の「傲慢さ」のようなものを、私は感じざるを得なかった。

 高村さんは「米国やEUなど主要国とのずれはあまりないが、それ以外の国とは大きく違う場合がある。まず調べることで、輸入業者も戦略的に動けるようになるのではないか」と話す。

 問題はお値段。HOMOLOGAは、基本的には公開されているデータ(ただし、日本にいて把握するのは容易でないものも多い)であるためか、かなり安い。i-mapSIGMAは、調査が難しいだけに高額だ。価格を考えると、だれでも利用できる、というわけではない。現在は、大手企業や業界団体などが購入しているという。また、ある公的機関も中国のデータを買った。なるほど、中国でどんな作物にどんな農薬が使われているか、なんて、通常のルートで分かるはずがない。費用見積もりなどしてくれるそうだから、関心がある方はメールで問い合わせてみるといい。

 「いや、使用量調査をデータベース任せにするのは不安。自分たちで調査して、より正確につかみたい」という業界団体などもあるようだ。データを買うにせよ買わないせよ、対策の根幹をなすのは「ルールと使用実態の把握」。そのうえで、リスクの高い順に対策を講じることが重要だ。ポジティブリスト制が傲慢な制度だからこそ、多くの関係者には合理的なリスク管理を目指していただきたい。 (サイエンスライター 松永和紀)

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