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松永和紀のアグリ話

ポジティブリスト制への疑問4 モニタリングは448農薬

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2006年4月5日

 輸入される農産食品に対して検疫所が実施する「モニタリング検査」の2006年度の計画が、明らかとなった。対象農薬数はなんと448。これまでの倍以上である。これは果たして実効力を持つのか。検疫所の職員の苦労は、いかばかりだろうか。

 厚生労働省が3月31日、各検疫所長宛てに出した文書によれば、対象農薬数は448で、残留農薬の検査件数は1万8007件(ただし、農薬のリストを見ると、英語の読み方の違いでダブルカウントしたものが一部あるようで、最終的には対象農薬数が少し減るのではないかと考えられる)。今年5月28日までは昨年3月31日付けの実施要領に従うように指示しており、それまでは対象農薬数が200。ポジティブリスト制が施行される5月29日に448農薬に切り替わることになる。

 厚労省は「ポジティブリスト制開始とともに、検疫も強化」としたいのだろう。もっとも、検疫所で448農薬の分析を現実にやれるかどうかは別問題。残留農薬検査に詳しい人に聞くと「まじめにやりだしたら、検疫所の分析担当職員が過労死してしまう」と心配する声が多い。

 残留農薬分析は、多成分一斉分析法が開発されたことで、高価で進んだ装置があれば簡単に定量できると勘違いしている人がいるが、極めて高度なテクニックがいる。検疫所でいくら高い分析装置を購入したとしても、これまで別の分析を担当していた職員が「今日から、残留農薬をやりなさい」と言われて、「はい、やります」とできるものではないのだ。

 どれくらい大変で難しいからは、津村ゆかりさんのホームページが紹介している。津村さんは、「検疫所ではどんな分析法で200農薬もモニタリングしているのか」「農家が検査機関の信頼性を判断するには?」など、注目の記事をアップロードしており、検査についてもっと詳しく知りたいという方は、ぜひ読んでいただきたい。

 また、残留農薬分析は難しいだけではない。すべての農薬を多成分一斉分析で定量できるわけではなく、個別に分析しなければならないものも少なからずある。さらに、多成分一斉分析で残留基準値を超える疑いがある場合には、最終的には個別の通知法か告示法で確認しなければならない。検査対象農薬が増えれば、分析担当者の負担は非常に大きくなる。

 4年前の無登録農薬騒ぎの時、各検査機関には検査依頼が相次ぎ、体を壊す人が続出したそうだ。長時間業務に加え、有機溶媒の大量使用がたたったという。残留農薬という、消費者にとって非常に小さなリスクを確認するために、検査担当者が大きな健康リスクを被るという皮肉な現象が起きた。今回のモニタリング対象増で、検疫所の職員が同じ目に遭わないか、心配になってくる。

 現実には、品目別に448農薬からピックアップして定量することになるはずだ。さらに、厚労省は検疫所長宛ての文書の中で「本計画の内容については、輸入時検査の結果、海外の情報、試験法の整備状況等を踏まえ変更することとしていますのでご了知ください」と書いている。公式文書に最初から「これ、変更するかもよ」と書いてあるのだから、笑ってしまう。

 民間検査機関などは今後、「モニタリング検査パック」などと称して、448農薬検査の売込みを図るだろう。しかし、検査を依頼する側は、モニタリング検査に変更の可能性があることと、検疫所が検体すべてについて448農薬を検査するわけではないことを踏まえ、慎重に検討したほうがいい。

 厚労省は3月31日、残留農薬のページでポジティブリスト制に関するQ&Aも公表した。この中で「流通業者から、基準がもうけられた物質すべての検査を求められた場合はどうすればよいですか」という問いに対して、次のように答えている。

 「残留農薬等のポジティブリスト制度は、食品に残留する農薬等の分析を食品事業者等に義務付けるものではありません。従来からの残留農薬等に対する取組みと同様、信頼できる事業者と取引する、使用される可能性のある農薬等の種類や方法、残留基準違反事例の有無などを確認する、必要に応じ残留状況について分析する、などの取組みが原材料の安全性の確保のために必要になると思われます」
 一方で、「厚生労働省から各業界に『検査の必要はない』と通知する予定はありますか」という問いに対しては、こう答えている。

 「検査の項目や頻度については、使用された農薬等の残留の可能性に基づき、個々の事業者が判断することとなります」

 上手に逃げる「厚労省流」に、つくづく感服する。輸入業界や農業現場で、今起きている混乱を知っているはずなのに、知らん顔。検疫強化のポーズはとり、「変更するかもよ」と公式文書に最初からただし書き。「犠牲者」は、末端の生産者や輸入業者、検疫所の職員……。

 でも、私がもし、厚労省の担当者なら、同じことをしてしまっただろう、とも思う。職員個人の責任をうやむやにするためには、こうならざるを得ない。ポジティブリスト制を「食の安全」と勘違いして求めたのは、私たち消費者だ。自分を高みにおいて非難する気には、なれない。とりあえず、関係者はQ&Aや関連文書を熟読して、それぞれ「理論武装」するしかない。悲しいことに、それがポジティブリスト制の現実だ。(サイエンスライター 松永和紀)

(お詫び:先週、次週は種子消毒問題について取り上げると書きましたが、輸入食品のモニタリング検査について早くお知らせすべきと判断しました。種子消毒については、また後日取り上げます)

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