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松永和紀のアグリ話

ポジティブリスト制への疑問5 新しい農薬は危険なのか

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2006年4月26日

 農林水産省やJA全農などが生産者に配布している資料に、どうしても引っ掛かる部分がある。より多くの作物に適用のある農薬を使うように勧める一文があるのだ。これでは、新規開発された農薬は使われにくい。生産者がドリフトによって被るリスクは減るだろうが、より安全性の高い優れた農薬の開発を止めることにもなりかねない。

 農水省植物防疫課が作成した「農薬の飛散防止対策の手引き」の「こんな対策も有効」という項目に、「まわりの作物にも登録のある農薬を使用する」という一文がある。果樹花き課などが作った手引きでは、「周囲の農作物にも登録のある農薬の選択」が検討項目として入っている。JA全農のパンフレットでは、「次のような取組みを実行しましょう」という項目の中に、次の一文が入っている。

 散布農薬の見直し:より多くの作物に適用があり、収穫日近くまで使えるような農薬を選定することで、飛散した場合のリスクを減らすことができます。

 分かりにくいので、おさらいの意味を込めて少々ていねいに説明しよう。Aという作物に農薬を散布した時にドリフトして、隣のB作物にわずかにかかったという事態を考えてみる。B作物にもその農薬を使ってよければ、一定の残留を見越して残留基準が設けられているということ。その場合は、ドリフトによる一滴がかかっても、基準に引っ掛かるようなことにはならない。

 一方、B作物には登録がない、つまりその農薬を使ってはいけない場合には、どうだろうか。残留は想定外であり、現行制度では残留基準が設定されていない場合が多い。そのため、新しいポジティブリスト制では、一律基準(0.01ppm)か暫定基準が設定されることになる。ドリフトによる一滴の付着が基準オーバーにつながる。

 そこで、農水省やJA全農などは、「周りの作物にも登録のある農薬を」「より多くの作物に適用がある農薬を」と、汎用性の高い農薬の利用を勧めているのだ。しかし、適用作物の多い農薬とは具体的にどのようなものだろうか?

 概して、古い農薬が多い。農薬企業は、新規薬剤を開発して売り出す場合、もっとも利益を見込める作物で適用を取り、様子をみながら適用作物を拡大していくのが常だからだ。適用作物にするには栽培試験などが必要で、一作物あたり数百万円かかる場合が多い。民間企業であれば、売れ行きを見ながら投資して販路を拡大していくのは当たり前のことだ。

 農薬企業は、より選択毒性が高く、より残留毒性は低く、より環境負荷が小さい農薬を、と開発を続けている。その結果売り出される新規農薬は、最初は適用作物が少なく、何年もかけて少しずつ適用作物が増えて行く。そんな現実がある中で、農水省やJA全農が汎用性の高い農薬の使用を勧めるということは、極論すれば「よりよい新しい農薬は使うな。古い劣る農薬を使え」と言っているに等しい。

 実は、関係者はこうした事態を十分承知だ。私は、さまざまな関係者に疑問をぶつけてみたが、多くの人も自分たちの指導に問題があることを分かっている。「でもね」と言われるのだ。「農家のおじいちゃん、おばあちゃんに細かい話を理解してもらえると思いますか?」「隣の畑に何が植わっているか、残留基準がどのように設定されているか、収穫日がいつか調べて、リスクが高いときはこちらも農薬を散布しないようにしましょうね、と言って、分かってもらえると思いますか?」「現実には、使い慣れた農薬を十分注意しながら使ってくださいね、と言うので精一杯ですよ」

 古い農薬とはいえ、農薬取締法に基づき使用を認められ一定の安全性を確保されており、使用には問題が無い。しかし、新しい、より良い農薬が売れなければ、農薬企業の努力は報われない。より優れた新規薬剤の開発は止まってしまう。

 最近は、「汎用性の高い農薬を使え」と指導された農家の中に、「一律基準値が多く設定されている農薬は、悪い農薬」と考える風潮が広がっているようだ。たしかに、使いにくい場面が多いかもしれないが、悪い農薬ではない。むしろ、よい農薬である場合が多い。なのに、ドリフトリスクを回避しようとするあまり、誤解が広がっている。

 さらに恐ろしいのは、自治体や農協関係者など、末端で農家を指導する立場にある人の中に、ポジティブリスト制の成り立ちや意味を理解していない人がいることだ。厚労省などの資料できちんと確認せず、上部機関などが作った簡単なパンフレットを基に、簡単に「汎用性のある古い農薬を使いなさい」と指導してしまう。こうして、誤解はどんどん広がって行く。

 現場で指導するのが難しいことはよく分かる。しかし、適用作物の少ない農薬でも十分に注意を払えば使えるし、メリットも大きい。ドリフトリスクの高い農薬を「危険農薬」と決めつけるような指導は止めてほしい。指導的な立場にある人はせめて、厚労省や農水省が提供している詳しい資料を熟読して農家に伝えてほしい。そうでないと、農薬の向上も農家の技量向上も、止まってしまう。(サイエンスライター 松永和紀)

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