ホーム >  FoodScience過去記事 > 松永和紀のアグリ話 > 記事
こちらのページは以前、日経BP社 FoodScienceに掲載されていた記事になります。
当サイトから新規に投稿された記事については、こちらよりご覧ください。

松永和紀のアグリ話

ポジティブリスト制への疑問7 基準オーバーへの実際の対応は?

  • シェア
  • Check
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Share
2006年5月31日

 ポジティブリスト制が施行された5月29日、厚労省から各都道府県あてに、極めて重要な通知が出された。お役所らしい実に分かりにくい文書なのだが、私には、こう読めた。食品の検査や違反摘発、行政処分などの実務を担当する自治体に対して、厚労省が「制度の精神を理解せずに、基準オーバーだからと機械的に制度を運用することは許されないよ」と、自らの姿勢を明確にし、最後に釘を刺したのだと。これは、画期的だ。

 まずは、厚労省の残留農薬のサイトで29日付の通知文書「食品に残留する農薬等の監視指導に係る留意事項について」を読んでいただこう。

 注目すべきは、2「残留基準を超える農薬等を検出した場合の対応」というくだり。4項目にわたって、自治体がどう対応したらよいかを明らかにしている。通知を出した監視安全課や通知を受けた自治体などへの取材を踏まえ、私なりに大胆に解説してみよう。

(1)食品から、基準を超える農薬等を検出した場合、違反の範囲(ロット)を特定し、販売禁止や廃棄等の措置を行う。それと共に、原因究明と再発防止策を講じる

<厚労省と農水省は5月9日に各自治体の衛生部局、農政部局双方の担当者を集め、ポジティブリスト制について説明し意見交換もしている。その時に、基準違反が見つかった時に行うべき4つのポイントとして、(i)違反の範囲の把握(ii)健康リスクの程度の 把握(iii)原因究明(iv)再発防止策—-の重要性を強調した。それを、文章化したものだ>

(2)農薬等が基準を超えて残留する食品が見つかり、その食品を原材料にして既に製造された加工食品があった場合、配合割合や加工方法などを調べ、その加工食品において、その農薬が一律基準 (0.01ppm)を超えて残留するかどうか、検討する。一律基準を超えない場合は、その加工食品については、廃棄や回収などの行政措置が必要でない場合がある

<これは、違反の連鎖を断つ狙いがあると、監視安全課は言う。もちろん、原材料が違反していると知っていながら使い加工食品を製造するのはいけない。処分対象だ。しかし、作ってしまった後で、おおもとの原材料が基準超えと分かった場合、どう対処すべきか?

 もし、原材料が違反ならそれを使った加工食品も違反、ということになれば、一次加工品、二次加工品、三次加工品、と延々、違反品が出てきてしまう。そして、違反だから回収、廃棄ということになれば、幾度もの加工で農薬が分解除去されほとんど残留していなくても食品が捨てられるという、とんでもない事態が起きる。それはさせないぞ、というのがこの項目だ。

 連鎖を断つ区切りが、一律基準(0.01ppm)。加工した後で原材料の基準違反が分かった場合、ほとんどの農薬において健康リスクにはならないと食品安全委員会が認めた濃度「一律基準」をベースに、その加工食品の健康リスクを判断していいよ、一律基準以下ならそのまま流通させてよい場合もあるよ、とこの項目で明確にした。

 これにより、多くの加工業者は一安心ではないか。原材料の生産履歴の把握に努め、自分たちの製品の残留農薬も検査して、健康リスクがないことをしっかりと確認しておけば、原材料の違反が後で分かったからといって、自分たちまでアウト、ということにはならないのだから>

(3)自治体が、違反者の名称等を公表する際は、原因究明と再発防止策も併せて公表するように努める。また、処分対象となる範囲や健康影響があるのかどうかも明確にするなど、風評被害の防止に努める

<逆に言うと、これまでの「基準オーバーならば、とにかく機械的に回収、廃棄に一直線。その後に原因究明委員会は立ち上げて学者先生を集めてのんびり対応。その結果、原因はよくわからずうやむやに」というような対応は、もうダメよ、ということなのだろう。自治体は、もっと主体的、かつ科学的な判断を求められる。

 まず健康リスクの大小を判断し、健康リスクが大きい違反ならば、被害の範囲を明確にして即刻回収・廃棄を進め、科学的な情報を逐次、市民に提供していく。健康リスクがほとんどないと判断されるならば、十分に情報を整理して公表する。例えば、ドリフトが原因と推定されるならば、しっかりと解説することによって風評被害を防ぐ。情報公開を基盤に、自治体の判断力、制度執行能力、広報力アップを厳しく求める一項だと、私には思える>

(4)違反者の名称公表においては、厚労省監視安全課に情報提供する

<これは、かなり微妙な一項だ。日本農業新聞は30日付で「公表前に情報提供を求める」「風評被害が心配されるため、公表について自治体へ助言する方針だ」と書いている。だが、これでは地方自治権の侵害とも受け取られかねないから、厚労省としては表向き、そう単純なことは言えない。監視安全課は「情報提供してもらって、スムーズに制度を実施していきたい」と強調する。

 同課が指摘するのは、ポジティブリスト制に関わる多くの組織の連携がうまく進むことの重要性だ。実際、自治体の職員に話を聞くと、農政部局と衛生部局で意思の疎通が十分にはかれていないところが多い。陰で、農政部局の職員は「衛生部局は、ドリフト問題も知らず、残留基準を超えれば自動的に悪と決めつけるのではないか」と心配し、衛生部局の職員は「残留農薬は基本的にこちらマターなのに、農政部局がいろいろ口出ししてきて」と不満を口にする。私も幾度となくそんな声を耳にしている。

 もちろん、農水省と厚労省の間でも、同様の心情的な抵抗感があるように、私には感じられる。また、食品は都道府県の境界を超えて流通しているため、自治体間の連携もうまく進める必要がある。

 監視安全課は、「両省は連携する。自治体に情報提供してもらい、スムーズにことが運ぶように努力したい」と言う。つまりは「齟齬なく風評被害を起こすことなく制度を遂行していくために、まず自分たちに相談しなさいね」ということなのだ>

 通知は、実務者である自治体の制度運用を、かなり具体的に規定する内容だ。かといって、地方自治権を侵すことは許されないし、公的な文書である以上、言葉や表現には強力な縛りがある。その中で最大限、現実に則した留意点を挙げた、という印象だ。

 長い間取材してきて、僭越ながら厚労省には、「よくぞここまで、頑張りました」と褒めてあげたい気分になった。

 もちろん、ドリフトによる違反措置が、農業者にとって苛酷であることに変わりはない。しかし、制度決定の過程をしっかりと公開し、農水省や食品安全委員会と共にリスクコミュニケーションを行い、実際的な通知も出した。これまでの厚労省のやり方とは、やっぱり大きく違う。 そこは、高く評価したい。

 どんな通知を出そうと、現実にはさまざま混乱が起きてくることだろう。この姿勢のまま、毅然として科学的に対応してほしいと切に願う。(サイエンスライター 松永和紀)

⇒ 松永和紀のアグリ話記事一覧へ

専門家コラム一覧

FoodScience 過去記事

以前、他のサイトで掲載されていた記事をこちらより選択してご覧いただけます。

お知らせ

FOOCOMが「第1回食生活ジャーナリスト大賞」を頂くことに決まりました(3/28)
FOOCOMはこのほど、食生活ジャーナリストの会(JFJ)の「第1回食生活ジャーナリスト大賞(ジャーナリズム部門)」…【全文を読む】
FOOCOM.NET 会員募集 科学的根拠に基づく食情報を消費者に提供するために、ご協力ください。